「……なあ、あいつはなんなんだ?」
「あいつって、モモのことか?」
「ほかに誰がいるんだ。なぜあいつはヒトを攻撃できるんだ?」
「さあな。里長や里刀自の育て方だろう」
「育て方だと? イヌ、おまえは本気でそんなふうに思っているのか?」
イヌは返事の代わりにフンッと鼻で笑った。
「キジはどう思う?」
「でもモモは野生のヒトしか攻撃しないわ。里のヒトには一度も乱暴なことをしたことがないでしょ?」
「答えになってないな。俺たちは野生だろうがなんだろうがヒトを傷つけることができないじゃないか。それは気持ちの問題ではなく、本能よりも揺るがない能力の限界なんだ。そんなことわかっているだろ?」
私は頷くよりほかなかった。私たち洗練されたヒトは攻撃する能力を持たない。何代か前の祖先はそれでも意思の力で攻撃することもできたらしいが、進化の過程で攻撃性の遺伝子は完全に消失したといわれている。私たちより下の世代では攻撃性のみならず争いすら失われつつある。
イヌ、サル、そして私キジの三人だけがかろうじて防御に関する能力が残されている。それでも他者に力を向けることはできない。技術や鍛錬の問題ではないことは、モモからの教示が一切身につかなかったことで証明される。それは翼のない者に羽ばたけと命じるのに等しい。
「モモは……特別だから」
やっとのことで私はそう言った。
モモは里長の娘だが、血のつながりはない。山向こうの里が野生のヒトの大群に全滅させられた跡に残されていた赤子がモモだ。野生のヒトによる襲撃の報を受けた里長と里刀自が見舞いに行くと、無事な里のヒトは誰もおらず、モモの泣き声だけが響きわたっていたのだという。
大人でも耐えられなかった襲撃を乗り越えた赤子なのだ、ただ者であるはずがない。そんなモモの特別な出自はこの里の誰もが知るところだった。
サルも改めてそのことを思い返したのだろう、ため息混じりに「うん、まあ、そうだな」と言った。
野生のヒトは高度文明を持たない。姿形は私たちと変わらないが、衣服は腰巻き程度の裸体に近いもので、言語は解さない。口を尖らせホウホウと叫ぶことで仲間と意志疎通をはかっているようだった。
彼らは通常、山に棲んでいる。火や道具は扱うらしく、巣と思われる洞窟の周りには私たちと同じような生活の痕跡が見られる。