小説

『野生のヒト』霜月透子(『桃太郎』)

 里からほど近い林の中、敵を追って走る。
「モモ、後ろっ!」
 樹上からの私の声に、モモのしなやかな肢体が真横に飛んだ。勢い余って左膝と右手の指先が地面に触れるが、すぐさま体勢を立て直し、襲いくる敵に向かう。私は更に広い視野を確保するため、枝を蹴って舞い上がった。私の足が離れたばかりの枝をサルが飛び越え、叫ぶ。
「モモ、受け取れ!」
 モモはちらりと頭上に視線を投げただけで、落下する小銃を危なげなく受け取った。敵の武器はナイフだけだ。モモは自分に向けられていた刃先を銃身でなぎ払うと、照準を定める間もなく発砲した。それでも至近距離の敵の肩からは肉片がちぎれた。
 がさりと茂みが揺れ、ふたつの人影が現れた。肩を押さえよろめく敵の両脇を支え、足早に去っていく。その背中にモモが小銃を構える。
「もういい、モモ」
 そう言って構えを解かせたのはイヌだった。
「追い払えればそれでいいんだ」
「だけど生きて帰せばまたやってくるわ」
「その時はその時だ。もう日が暮れる。キジの目も限界だろう」
 私は頷いた。夜目がきかないのは事実だ。
 モモは不満げに「わかったわよ」と呟いた。

 
 里ではみながねぎらってくれた。里長と里刀自がモモに歩み寄る。
「ご苦労だった」
「モモや、怪我はないかい?」
「ととさま。かかさま。私はなんともないわ。それよりあいつらを逃がしてしまったの。きっとまたやってくる」
「気にするでないよ。おまえにばかりこんなことをさせてすまないね」
「いいのよ。私にしかできないことだもの。さあ、帰りましょう」
 モモの言葉を合図に、集まっていた人たちが散っていく。モモは去り際に私たちを振り返った。私はサルやイヌと共に片手を軽くあげて答える。
「さ、俺たちも帰るとするか」
 イヌが努めて明るい声を出したが、サルは動こうとしない。
「どうした、サル?」

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