小説

『常世のモノ語』長月竜胆(『赤い靴』)

「お願いするわ」
 夫人はエスコートを頼み、屋敷の奥へと足を踏み入れた。
 屋敷の各所に設置された台座には、いわくつきの様々な品が飾られている。運気を吸い取る壺、人格を変える仮面、記憶を奪う本、魅力を振り撒くブローチ……。青年はそれらにまつわる逸話を語った。多くは所有者に死や不幸をもたらす恐ろしい話であったが、夫人は怯える様子もなく真剣に話を聞いていた。
 次に夫人が目にしたのは、青みがかった銀色の懐中時計。表面がスケルトンになっていて、内部まで技巧に凝った美しい時計だった。
「これはまた素敵な時計ね」
「はい。百年近く前に作られたものです。少々せっかちでして、十一時間ほどで時針が一周します」
「え? それって設計ミスなんじゃ」
「いえ。どうやら職人の気質を受け継いだらしいのです。その職人は、自身の最高傑作として、我が子のようにこの時計を可愛がったと言います。他の者からすれば失敗作とも言えますが、装飾の美しさから多くの人間がこの時計を欲しました。職人亡き後は、様々な人間の手を渡り歩くことになります。その数は五十人を下らないでしょう」
「そんなに? でもそれって……皆すぐに手放したということ?」
「結果的にはそうなります。この時計の所有者は誰もが短命なのです。まるで時計に寿命を削られたかのように、徐々に弱って行き、亡くなりました。それから、少し触れてみてください」
 青年はショーケースから時計を取り出し、夫人に差し出した。夫人は言われるまま、時計の裏面に触れる。すると、まるで電気でも走ったように驚いて手を引っ込めた。
「……うそ。脈打ってる?」
「はい。この時計は生きている、とも言われます。それ故、所有者から生気を吸い取り、命を縮めるのだとも」
「信じられないわ。本当にこんなことが……」
 夫人は確かめるようにまた時計に触れた。確かに人間の鼓動のような、温かく力強い脈動がある。それは、とても歯車によって表現できるようなものとは思えなかった。
「……そう。本物なのね」
 夫人は呟くと、どこか思い詰めた様子で、しばらく時計を見つめていた。そして、
「これをいただくことにするわ。主人は時計が好きだし……」
「おや、ご主人へのプレゼントでしたか」
「……ええ、まあ」
 夫人はばつが悪そうに答える。それから、
「あの、私がここへ来たことは、主人には内緒にしてくださる?」
 青年は表情を変えることもなく、
「かしこまりました」
 ただそれだけを言って頷き、時計を夫人に差し出した。

 そして、半年ほどの月日が流れた。
 季節が変わり、葉が色付き始めた森の洋館へ、夫人がまた一人で訪れる。しかし、どういうわけか、その様子は酷く不機嫌そうだった。そして、夫人は青年を見つけるなり、
「やっぱり私をからかったのね。あの話、でたらめじゃないの!」

1 2 3 4 5 6 7 8