と教えた。僕はただ、誰かと心が躍るワクワクを共有したかった。しかし、その気持ちは綺麗に打ち砕かれた。話す相手が悪かったのだ。花屋さんの娘だったあーちゃんは、僕の話を全く信じてくれなかった。
「そんな木なんて聞いたことない! あるわけないじゃない! それはきっとお花の苗よ! なんで健ちゃんわかってくれないの!」
そう言ってあーちゃんは泣き出してしまった。その騒ぎに駆け付けた母は、なぜか微妙な顔をして、一瞬、僕を見つめた。そして、僕の代わりに母があーちゃんに謝った。僕はそれを見て、なんで謝るんだろうと思った。きっと、後で、ものすごく叱られるのだろうと思っていた。しかし、母に叱られることはなかった。
夏休みは気づけば終盤に差し掛かり、苗にはある異変が起こった。苗には、小さなつぼみがついていたのだ。これから花が咲くのだ! そして、これから急激な成長をするのだと確信した。徐々にしか大きくならない苗を見て、これは本当に育つのだろうかと、少し不安を感じる時もあった。しかし、つぼみまで付いたのだ! これは、空まで伸びる前兆なんだ! そう思いながら一日一日を過ごした。そして、黄色くて丸い花が咲いた。来る日も来る日も、花は咲いていた。いくら待っても大きな木にならない。こんなに経っても大きくならないと、やはりこれは豆の木ではないのかもしれないという気がしてきた。あーちゃんの言っていたことは正しかったのだ。これは花なのだと理解するしかなかった。僕は泣かせてしまったあーちゃんに申し訳ない気持ちになっていた。そして父に、この事実を伝えた。父なら僕の気持ちを分かってくれるだろうという根拠のない自信を持っていた。しかし、父は僕を見て少しニヤッと笑ったのだ。僕はその時、悟った。この人が黒幕なのだと。そして、苗を僕に渡したのは、夏休みをおとなしく過ごさせるための計画であったことを。そのあと僕はあの花をどうしたかは、あまり記憶に残っていない。あの黄色い花がいつまで咲いていたのか、枯れてしまったのかも僕は覚えていない。しかし、父が僕に見せたあの顔だけは忘れられない。今思えば、僕は完全に大人たちの掌の上で踊らされていたのだろう。そして、あの夏ほど三日坊主ではなかった自分の子供時代は、後にも先にもなかったような気がする。
あの時育てていた花は何だったのだろうと店の中を見回した。毎日欠かさず眺めていたはずなのに、やっぱり思い出すことはできなかった。そうして長い間、昔の思い出にダイブしていると、店のドアについているベルが鳴り、僕は現実に引き戻された。そこには沢山の荷物を抱えた娘と朝顔の鉢を抱えた妻がいた。昔の自分を見ているような気がした。
僕は何気なく妻に聞いた。
「あの夏の花は何だったのだろう」
「あの花は百日草よ」
即答だった。さすが花屋の娘。彼女はやはり知っていたのだ。来る日も来る日も花が咲き続けていたのは百日草だったからなのだ。大荷物を抱えた娘と妻を見ながら、夏の日差しをまぶしく受けとめる。娘には昔の僕のように苗を贈ろう。娘はその苗といっしょにどのような夏を過ごすだろう。そして僕は店の中から、愛しているという気持ちを込めて千日紅の苗をプレゼントした。
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