小説

『彼女が僕を縛ったら』むう(『浦島太郎』)

「組紐だよ」
「そう…じゃなくって。なんで縛られてんのか知らないけど、亀が可哀想かなって」
「可哀想?」
 女の子はちょっと不思議そうに聞き返し、それから考えるような顔をした。
「いいよ。ついてきて」
 それが僕とオトの出会いだった。

 オトはその小さな平屋の家で、一人で暮らしていた。僕より年下に見えたけど、同じ19歳だった。太郎はリクガメという種類の亀で、野菜や果物なんかを食べる。大体水槽の中でおとなしくしてるけど、オトが散歩だと言って気分で外に出すらしい。
 平屋の家は、サザエさんの家みたいなガラガラッと開ける引き戸の玄関で、縁側と小さな庭があった。中は畳の部屋が2つと台所、トイレ、お風呂。縁側に面した畳の部屋に、ちゃぶ台と座布団と亀の水槽があって、窓には多分一年中吊るしっぱなしだと思われる風鈴とドリームキャッチャーだっけ?幸運をキャッチするお守りがぶら下がってた。昔良く遊びに行ったおばあちゃんちみたいな、懐かしい匂いがする家だった。

 初めて会った日から、僕は大学とバイトに行く時間以外は、暇さえあればオトの家に遊びに行くようになっていた。別に下心があったわけじゃない。全然といったら嘘になるけど。興味があったんだ、オトがすることに。周りにはいないタイプだったから。
 オトは学校には行ってないみたいだった。昼間は家にいて、夕方になるとどこかに出かけていく。
「名前がオトで亀が太郎って、まさか浦島太郎意識してたりして」
 僕がふざけて言うと、
「そうだよ」
 オトは無表情に答えた。せっかくアイドルみたいな顔してるのに、あまり表情を変えない。自分の話をしないし、僕のことも聞かない。ミステリアスだ。
「僕も太郎と同じで名前にタがつく」
「ふうん」
「聞かないの? 名前」
「何?」
「タスケ」
「ふ…」
「今、笑った? なんかおかしい?」
 オトは会話をしながらゆっくりと、でも休みなく手を動かしている。僕はそれを眺めているのが好きだ。
 彼女は人形やぬいぐるみや本や箱やペットボトルやお菓子の箱なんかまで、気が付くと周りにあるものを全部紐やロープで縛ってしまう。それは優雅で魔法みたいに鮮やかだった。オトの家の中には、縛られた人形やものたちがいっぱいで、まるで何かのアートの展示会場みたいに見えなくもない。
 放っておくと何でも縛っちゃうから、僕は貢ぎ物みたいに、この家に来る度に新しい人形やぬいぐるみなんかを持って来るようになった。今日の貢ぎ物はキューピーだ。

「なんでさ、縛るの?」
 オトが一瞬、手を止める。
「ん…なんだろう。癖かな」
「いつから縛るようになったの?」
「わかんない。昔から」
「どうやって覚えたの?」

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