小説

『彼女が僕を縛ったら』むう(『浦島太郎』)

「タスケ、バカ、うるさい。質問多い」
「だって」
 だって、不思議じゃないか。でも、いかがわしくはないんだ。オトが何かを縛る時は、まるで裁縫や編み物をしているみたいな穏やかな優しさがある。
「タスケ興味あるの?」
「え?何?興味?」
「縛るの」
「うーん、少しあるかなあ」
 オトが縛っていた戦隊ヒーローの人形を置いて僕を見た。
「どっち?」
「どっちって…」
「縛るほう? 縛られるほう?」
「僕は別にそういうんじゃないから」
 ちょっとムッとした。そういうSMとか、変態なスケベ心の興味じゃないんだ。でも、じゃあ何だろう。
「手、出して」
「手?」
 僕は右手の掌をオトに向けて「ハイ」と出した。
「違う。両手を揃えてここに置いて」
 オトは自分の膝をポンポンと叩く。良く分からないけど、両手を揃えて膝の上に乗せた。オトは涼しい顔をしたまま僕の両手を少し持ち上げて紐を通すと、両手を縛り始めた。
「え?」
 オトがいたずらっぽい目で僕を見る。なんだ、なんだ。僕は手を縛られて、まるで犯人みたいだ。
「もう、タスケはイタズラできない」
 オトはにやにやしながら僕の後ろに回ると、今度は背中から体に紐をかける。オトが後ろから抱くように手を回すから、僕はドキドキした。
「どんな感じ?」
「わ、わかんないよ」
「わたし、縛るお店やってるんだ。タスケ興味あるなら来てみる?」
 オトがサラッと言う。
「え?縛るお店って? え、SMとかの?」
 僕はびっくりして後ろを振り向いた。別に付き合ってるわけじゃないし、毎日のように会っているとはいえ、オトのことあまり知ってるわけじゃない。けど、ショックだ。もしかして僕はオトのことが好きなのかも知れない、そう思った。
 オトは首を少し傾げた。
「うーん、タスケが思ってるのと違うと思う。わかんないけど」
 そう言うと、オトは「えい」と縛られたままの僕の脇を突っつき、僕はぎゃーと悲鳴を上げた。

「違うと思う」
 というオトの言葉の本当のところが知りたくて、僕はオトから聞いた住所をたよりに、店を訪ねることにした。
 店は新宿で、久しぶりに混んでる電車に乗って少し疲れた。電車の中は、やけにテンションの高い人とやけに疲れ切ってる人が半々って感じ。僕はどっちかな、やっぱりここでも僕はほどほどだ。
 ギラギラした新宿の繁華街から、少し道を外れたマンションの一室にその店はあった。こんな静かな場所があるんだな、まるで違う街みたいだ。
 マンションは一見ただのファミリー向けのマンションなんだけど、いろんな店が入っているみたいだった。入口や通路にアジア系の外人がチラホラいる。
 店はマンションの2階だった。『りゅうぐう』と書いた木のプレートがドアに下がっている。
 玄関の入口にあるインターホンを鳴らした。

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