「それじゃ、休憩行ってきて。須田さん、休憩室案内してあげて。一緒に休憩入っていいから」
今日からアルバイトを始めた書店の副店長の安村さんが言うと、須田帆(ほの)夏(か)は菜摘を連れて休憩室へと向かった。安村さんはてきぱき動く仕事のできる女性という印象で、帆夏は世渡り上手といったキャラクターだろうか。どちらも自分を持っていて羨ましい限りだ。安村さんは一瞬ウサギのように思えたが、きっとカメのように地道に積み重ねた結果、今に至るのだと思う。どちらかと言うと、帆夏の方がウサギタイプかもしれない。あるいは、彼女はアリとキリギリスのキリギリスかもしれない。
「でも、よかったー。私と同い年の人ってこの店にいないんだよね。菜摘ちゃん、なんでこの店でバイトしようと思ったの?」
初対面なのに、随分となれなれしい気もするが、彼女はこれまでもこんな感じで過ごしてきたのだろう。
「まあ、家から近いですし」
本当はそんなに近くはなく、自転車で20分くらいはかかる。天気の悪い日はどうやって出勤するかまで考えずに選んでしまったことを、今になって後悔している。高校生のできるアルバイトなんて限られている。だけど、飲食店は何かと厳しそうだし、コンビニなんてどんな客が来るか分かったものじゃない。そう考えると、書店という選択肢はなかなか正解だと思うのだが。もっとも、駄目なウサギとカメは、挨拶の仕方すらままならず、既に安村さんからは目を付けられている気がする。
「そうなの?高校はどこなの?」
「虹川です」
「あー。私と同じ中学で誰かいたっけかな?」
帆夏は天井を見上げて考え始めた。この人、自分がどこの高校かは言わないんだな、と思った。
「虹川ってちょっと遠いんだよな。だから、受ける人いなかったような・・・あ、いたよ。村西だったっけ?村山だったかな?目立たない子。下の名前は美紗樹だったと思うけど、自信ない」
耳を疑った。
「あの、村西美紗樹さんなら、同じクラスにいますけど」
「えっ偶然!って言っても私、あの子と全然話したことないけど。2年間同じクラスだったのに。あの子、地味で絡みづらいでしょ?あ、嫌いとかじゃないからね」
「いえ、そんなことは」
「あ、こんなこと言っても困らせちゃうよね?ごめんね」
美紗樹が今クラスでどんな存在か言うべき迷っていると、帆夏のスマホが鳴った。
「電話?菜摘ちゃん、適当に寝たりトイレ行ったりしていいからね」
と言うと、帆夏は電話に出た。あの美紗樹が地味だったというのは、にわかには信じられなかった。