小説

『ウサギかカメか』水乃森涼(『うさぎとかめ』)

「そうか。でも、否定できない。地味で暗くて、友達がいなかった。登校しても、誰とも話さないのが当たり前だった」
まるで今のあなたみたいにね、なんて美紗樹が言う訳がないのだが、言われたような気がしてしまった。
「うん」
 赤裸々に話してくれた彼女に、何て言葉をかけていいのか分からなかった。
「それでね、中学3年の時に、先生に聞いて同じ中学から誰も受験しない高校を教えてもらって、それが虹川高校だったの。中学までの私を知っている人がいない方が変われるような気がして」
 美紗樹であればもっと難関校に行けただろうに、あえて虹川にしたのはそういう理由だったのか。
「もう一個聞いていい?」
「内容による」
 美紗樹はいたずらっぽい目で菜摘を見た。
「クラスで噂してるの聞いたんだけど、大学生の人と付き合ってるの?」
 やや間があって、美紗樹が噴き出した。
「あぁ、一緒にいるの見られたのかな?それはね、お世話になってるとっても大切な家庭教師。中学の時から勉強見てもらってて、今も。ねぇ、菜摘ちゃんて将来の夢とかあるの?」
 唐突に話題が変わって困った。美紗樹なら、大学生の彼氏くらいの方が似合いそうなので、勝手に少しがっかりしてしまった。
「全然考えたことないや。進路も特に決めてない」
 カメの部分が出てしまっている。
「それが普通なのかな?私はね、絶対眼科になりたい。小さい頃に転んで思いっきり目を地面にぶつけちゃって、その時は見えなくなって怖かったんだけど、優しい眼科の先生が治療してくれたおかげで治って、今もこうやって見えるから。もうその頃から決まってたんだ。だから、夢叶えるまでは彼氏はいらないかな」
 かつて治療してもらった澄んだ瞳で、美紗樹は遠くを見つめる。その視界に菜摘の入る余地はないように思えた。
 初めて美紗樹と2人で話すことで、距離は縮まったのだろうか。菜摘が思っていた以上に、彼女はずっと先を行っていることが確認できただけかもしれない。

「ありがとうございました」
 数学の問題集を購入してレジを去る美紗樹を見送る。すぐに次の客の対応に追われる。まだまだレジ打ちに慣れない。列ができてしまっている。これだからカメは・・・いや、ウサギとかカメとかそんな単純な分類はできない。人の数だけ生き方はある。スタートもゴールも人それぞれだ。美紗樹のように子どもの頃から目標が決まっているのも正解だし、菜摘のように迷走しているのも間違いとは言えないかもしれない。でも、あんまりのんびりしていると、そのうち勝手に人生が終わってしまう。だけど、今は焦ることはないだろう。このことに気付いただけでも、成長しているかもしれない。

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