小説

『飛び立つという事。』鷹村仁(『イカロス』)

 返答はこれで精一杯。それからどんな事をして体型を変えたのか?なんで頭が良くなったのか?自分の話題でその場はもちきりだった。姉さんや雅和さんの事を言うと迷惑がかかりそうだったので、やっている事だけを伝える事にした。それでもこんなに自分の話題でもちきりだったのなんて初めてだった。

 確かにトレーニングは厳しいし、途中でやめたくなるし、勉強だって出来ることならあまりやりたくない。髪型や服装なんかもいちいちめんどくさいし、どれもこれも姉さん達がいなければ気にしないで生きていた。でもどんなに過酷で地味なトレーニングでも、「変わったな」「格好良くなったな」と言われると何だか気分が良く、自分が誇らしかった。外見だけで中身は全く変わっていないのに、みんな今までと明らかに態度が違う。以前は空気のような存在だったのに・・・。それがこうも変わるなんて信じられなかった。

 「調子こいてんじゃねえぞ。」
 夜のマラソンから帰ってきたとき、玲子姉さんが頭をひっぱたいてきた。
「え、なんで?」
「最近あんた自分の変化が楽しくなって来てるだろ。」
 確かに楽しくなっては来ていたが、それで頭を叩かれるのは理解が出来なかった。
「どうして叩くの?」
「戒め。」
 それだけ言ってどこかに行ってしまった。「調子こいてる」意味が全く分からなかったが姉さんの言う事なので『戒め』として素直に聞く事にした。

そしてその数日後から次なる訓練が待っていた。
女性との会話、デート、外での振る舞い等だ。実際に姉二人が仮想デートをしてくれた。「歩く時は女性のスピードに合わせる」とか「女性に重いものを持たせるな」とか細かい所から教えられ、デートで気を付けなければいけない所を全て体に叩き込まれた。
姉さん達の教えをまとめると、
『とにかくどこか誉めろ』
『相手の話を否定するな』
『とにかく気を使え』
『特別扱いしろ』
『自分は楽しむな、相手を楽しませろ』
『格好つけんな。』
『全てさりげなくやれ』
こんな感じ。自分の想像のモテ男は何もせずに女が近寄って来るイメージだった。その事を伝えると、
「そんなの100年早い。モテは努力だ。」
 と一喝された。『モテは努力』、この言葉に納得した。確かに外を歩いていると京子姉さんも、玲子姉さんもよく男の人に見られている。

「女はいつまでも綺麗でいたいし特別扱いされたい、そして男はいつまでも格好よくいたいと思うのよ。」
 仮想デートの練習途中に、京子姉さんが僕に言った。
「それが本能だし、願望なのよ。」

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