その特異な体質を活かして警察等で働く人もいるらしいが、大半の者は自らの病気を隠す。当然だ。嘘を見抜かれるなど、心の中を覗かれるのに等しい。まるで昔話に出てくるサトリの化け物。勿論私が望んだ体質ではないが、「だから気味悪がるな」というのも無理な話だ。
そんなわけでこの特殊な持病も、私と家族だけの秘密である。
「というわけで、この空気伝達虚偽――まあ、通称『嘘アレルギー』は、世界的に見ても大変珍しい症例なわけだね」
教師はそう言いながら、横一列に書き連ねた病名の端をチョークでトントンと叩いた。
「もっとも、環境の変化も関係あるのか、年々発症者の数が増加の傾向にあるという学説もあるみたいだけどね。最近だと、小説の影響で知名度もあがったみたいだし」
教師の言葉に、クスクスという小さな笑い声が教室に広がる。
その小説なら私も知っていた。
『四月一日の花嫁』――少し前に話題になった恋愛小説だ。嘘アレルギーの女性と、その恋人の男性との甘く切ないラブストーリー。たしかもうすぐ、人気の若手俳優達を主演に映画化されるはずだ。先程の女子が質問したのも、その作品が頭をよぎったからだろう。
ちなみに私は読んでいないし、今後も読むつもりはない。どうせ描かれている全部が嘘。
すれ違い?葛藤?心の傷?
わざわざ読まなくても知っているものばかり。予定調和のハッピーエンドに付き合うつもりなんてない。
「僕も途中まで読んだけど、なかなかキチンと調べた上で書いてあるなあと感心を――おっと、もうこんな時間か」
言葉を遮るように鳴りだしたチャイムに、教師が苦笑する。
「今日はここまで。次回はさっきの続き、体液性免疫と細胞性免疫の違いについて詳しく触れていきたいと思います。――日直、号令」
授業後、ノートや教科書を机の中にしまっていると、厄介なことに、私の席へ秋月(あきづき)がやってきた。
「おっす、黒木。元気か?」
「今の今まで元気だったんだけどね」
嫌味も意に介さず、「あれ、そうなの?保健室までエスコートしよっか?」と笑う秋月。
この学校で私に話しかけてくる人間は、教員を除けばこの秋月巧(たくみ)ただ一人だ。それは別にいじめなどではなく、私自身が「話しかけるんじゃねえぞオーラ」を全身の毛穴から発しているせいなのだけど、こいつは空気が読めないのか、あるいはあえて読んでいないのか、とにかく瘴気を掻きわけ、私に絡んでくる。
「それでさ、例の話なんだけど――」
ここからが本題とばかりに声を弾ませる秋月の言葉を最後まで聞かずに、私は携帯から伸びたイヤフォンで両耳を塞いだ。アップテンポの洋楽に混じって、「あれれ?黒木さーん?」と私を呼ぶ秋月の声が遠くから聞こえる。
悪いね、秋月。