小説

『嘘でいいから』阿G(『サトリのワッパ』)

「先生、嘘アレルギーはどういう仕組みなんですかぁー?」

 前方の席の女子がそんなことを訊くものだから、私は思わずペンを走らせる手を止めてしまう。
 生物の時間。若い男性教師が、自身の花粉症エピソードを織り交ぜつつ「アレルギー」の仕組みについて解説していた時のことだ。
「ううん、あれはまたメカニズムが違くってね」
教師が苦笑しながら答える。
「アレルギーっていうのは免疫が過剰にはたらくことによって起こるものだけど、いわゆる嘘アレルギーはそれらとは異なり、原因ははっきりとはわかってはいないんだ。わかりやすさを優先して一般にはアレルギーなんて呼ばれているけどね。誰か、正式な名称を知ってる人はいるかな――どうだい、黒木さん?」
 おいおい、よりによってここで私か。
 まあ、教師も「全教科学年一位の黒木沙也(さや)加(か)ならあるいは」と思ったのだろう。確かに普段なら大抵の質問には即答できる私だったが、流石に今回は別だ。
 私は動揺を悟らせないよう注意しながら「わかりません」と短く呟く。
 他にも何人かが指名されるが、皆、答えることはできない。
「はは、まあ無理もないか。入試に出る知識ではないけれど――」
 そう前置きしつつ、教師は黒板にその単語を書き始めた。
その後ろ姿をぼんやり見つめながら、私は思う。煩わしいこの体質が、自分の嘘には反応しないのがせめてもの救いだ、と。

 
 空気(くうき)伝達(でんたつ)虚偽(きょぎ)認識(にんしき)生理(せいり)機能(きのう)過敏(かびん)反応(はんのう)障害(しょうがい)。
 十二で発症して以降、今年で四年目の付き合いとなった私の病名だ。
 周囲にいる人間が嘘を吐くと、私の体はまるでアレルギーの様な反応を示す。人によって症状は違うらしいが、私の場合はくしゃみや咳だ。その日の体調次第では呼吸困難に陥ることだってある。
 この病気が厄介なのは耳を塞いでも全く効果がないことで、聞く、聞かないに関係なく、空気の振動によって届けられた嘘が細胞を刺激する。ただしテレビやラジオ、電話越しの音声等では症状は出ない。
 以前、「十五年もの間テレビしか置いていない部屋に監禁された男」が主人公の映画を観たことがあるが、あの部屋は私には理想的な環境にしか思えなかった。嘆き、苦しむ主人公を観ながら、「代わりにあそこへ入れて欲しい」と本気で願ったものだ。
 近年では研究の成果もあって、症状を軽減させる薬が開発されたため、私も何とか日常生活を送れている。ただし、あくまで軽減であって完全に症状を抑え込める代物ではない。そのため、嘘を吐かれると鼻の奥がムズムズしてしまう。いわば私は、「自分の意思ではスイッチの切れない人間嘘発見器」だ。

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