小説

『嘘でいいから』阿G(『サトリのワッパ』)

「ねーねー。照れてないでさー。ほら、イエスかノーで――ぐお!?痛っ!ちょ、タンマ、タンマ!そんな、ピンポイントで同じ場所を何度も――ごめんなさい!調子にのりました!すいません!」
 私の連続蹴りを受けた秋月は、被害にあった太ももを押さえながらぴょんぴょんと屋上を飛び跳ねた。
 その間に私は、肩で息をしつつ、ゆっくり呼吸を整える。
「……秋月はさ」
「痛たたた……ん?」
「秋月は、どうしていつも、楽しそうに笑えるの?」
 私の言葉に、秋月は一瞬押し黙った。それから、再び「うーん」と唸りながら頭を掻き始める。おそらく、ものを考える時の癖なのだろう。
「黒木は、笑えない?」
 頷く私。
「笑いたい?」
――頷く。
「そっか……同じ病気でも、環境とか感じ方はそれぞれだから、あんまわかったようなことは言えないけどさ」
 そう前置きし、秋月は続ける。
「ファインダー越しに覗けるのって、世界のほんの一部だったり、一瞬の表情でしかなくてさ。フレームの外には、もっともっと広い世界が広がってるわけじゃん?だから、もうちょっと被写体に興味を持ってあげてもいいんじゃないかな。二、三回シャッター切っただけで飽きちゃわないでさ」
 そう言いながら秋月は手すりに近寄ると、すっかり夕日に染まった校庭を見下ろした。
 私は秋月の横に並ぶと、彼の言葉を噛みしめつつ、そっとその横顔を盗み見た。
 秋月の言う通りかもしれない。
世界の全てを知り尽くしたかのような顔でシニカルな言葉を口にする私だが、少なくとも、私の知らない秋月はこの屋上に居た。
 彼は今まで、どんな経験をしてきたのだろう。どんな人々との出会いが、今の彼をつくりあげたのだろう。
 知りたい。
彼を、もっと。もっと。
「――まあ、まずはその辛気臭い顔から何とかしますか」
 秋月は唐突にそう言うと、カメラを構えてレンズを再び私に向けた。
「さ、笑って」
「は?」
「何だよ。古今東西、カメラ向けられたら笑顔って相場が決まってるだろ?」
「さっきは『無理して笑わなくていい』とか言ってたじゃん」
「馬鹿。リハビリだよ、リハビリ。人間、笑ってれば感情は後からついてきたりするんだよ。俺なんか、完全にそういうタイプだし」
 意外だった。悩みなんて何にもないんだろうなと、勝手に思い込んでいた。
「そうなの?」
 尋ねる私に、
「そうだよ」
 そう答え、悪戯っぽく笑う秋月。
 なるほど。やっぱり、まだまだこの世界はまだまだ私の知らないことだらけだ。
「ほら、笑ってよ――今は、嘘でもいいからさ」
 促されるままゆっくり形作った私の小さな嘘を、秋月がパシャリとフィルムに焼き付けた。

1 2 3 4 5 6 7 8 9