小説

『疑似恋愛』太田純平(『擬似新年』大下宇陀児)

「あけましておめでとうございます」
 白々しい挨拶を終えると、早速男は検品作業に入った。ここはレディースの靴屋なのに、毎回この男が検品する。歳は五十過ぎだろう。頭頂部は焼け野原で、失礼ながらいかにも冴えない。ここはただの靴屋ではなく銀座の路面店なのだから「せめて女性が担当しろよ」といつも思う。
 だいたいこの男、妙に丁寧過ぎるところがあるのだ。仕事が丁寧――というよりトロいのもそうだが、何よりこの男は、何でもかんでも言葉の最初に「お」を付けてしゃべる。「お天気」だとか「お昼」だとか、それくらいなら普通である。しかし「お受け取りのおサイン」だとか「お検品のお作業」だとか――とんでもなかったのは、彼が同僚に言った「ちょっとお便所に」という発言である。
 年明け一発目の納品とあって、今日は荷物が多かった。検品作業は、我々配達業者がお届けにあがった荷物に対して「正しく荷物が入っているか」「破損や汚れが無いか」について入念にチェックをする。それをこちらが手伝うわけにはいかないから、終わるまではただこうして、ぼーっと眺めているしかない。
 すると、いつもは下の階で接客を担当している若い女性社員が来て、検品作業に加わった。二十代前半であろうこの女も女で、銀座の高級店らしからぬ、ある、面白いしゃべり方をするのであった。
「MF」
 ほら。来て早々これだ。今彼女が言った「エムエフ」という言葉は「マジファック」の略である。何故分かったかというと、彼女が以前同僚とこんな会話を繰り広げていたからである。
「MF~」
「エムエフ?」
「マジファックってこと」
「……」
 彼女の言う「マジファック」というのは「本当に面倒くさい」くらいの意味だろう。だから今回の場合も、検品する荷物が多過ぎて「エムエフ」と発言したのである。こういった略語というものは、伝わる者同士が使うのであれば大変便利であるが、銀座のみならずこの日本において「エムエフ」と言っただけで相手に意図が伝わるかどうかは、甚だ疑問である。事実、この中年男も彼女の発言に対してノーリアクションである。もう慣れっこなのか、口の利き方の知らない若手社員に呆れかえっているのか、そのどちらかであろう。
 さて、暇である。二人掛かりとはいえ、検品作業はまだまだ時間が掛かりそうだ。納品の証拠として、受け取りのサインを頂かないといけないから「じゃあ、あとはヨロシク」というわけにはいかないのである。
 そこで私は、ある暇潰しを考えた。それは「もし、いま目の前に居るこの二人が恋愛をしたら、一体どんな会話がなされるであろう」という妄想ごっこであった。

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