小説

『さくら』和織(『線路』夢野久作)

 さくらは、また独りになった。でも、少し前までの独りとは、少し違った気がした。
 花びらを含んだ風が、さくらを抱きしめるようにして流れて、去って行った。それは暖かくて優しくて柔らかかった。懐かしい感覚だった。ばあちゃんの手と同じだった。風の吹いてきた方向には木々が並んでいた。線路に沿って咲いた花は、どれも満開だった。ばあちゃんがそれを見るのが好きだったのを、さくらは思い出した。ばあちゃんが幸せそうな顔であの木々を眺めると、寒さが消えて、温かくなるのだ。いつも、そうだった。
「じゃあ当分は、温かい膝も、炬燵も要らないんだ」
 さくらは呟いた。そして、どこかへ行こうとは考えないまま、花びらの落ちた線路を後にした。

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