小説

『成人式なんて思いやりのないものを毎年テレビで放映しないでほしい』岸辺ラクロ【「20」にまつわる物語】

「うーーーん。ごめん、覚えてない」
 この言葉を、入学式から何回言ったかわからなかった。
「ううん。大丈夫。でも……」
「でも?」
「うん、板倉くん変わったねぇ、あたしちょっとショックだわ」
「へ?」
 この人ねぇ、幼稚園の時すごくモテたんだよ、と美里は隣のツインテールに言った。隣のツインテールも「うっそーーー」と黄色い声を上げる。
「ホントだよ。だってね、幼稚園の時の遠足でね、なぜか男子と女子が手を繋いで歩かなきゃいけなかったんだけど、板倉くんと手を繋ぎたい人って先生が聞いたら女子全員上げたの」
「えぇーーー。それが今ではこんな……ねぇ」
 ねぇ、と美里も頷いて、二人とも、有り余るエネルギーを発散させるように笑った。女子中学生や女子高校生がよくする類の笑い方だ。
 そうして二人ともどこかへ歩いて行ってしまった。波打ち際を水をはねて歩くように地面の桜を散らかしながら岡本が僕の方に来て肩を叩いた。
「羨ましいねぇ、モテ男君は」
 皮肉だった。岡本が色黒のテニス部期待のホープなら、僕は色白の新聞部のデブだったからだ。珍しく嫌な奴になった岡本の顔をじろじろ見ていると、頬を軽く叩かれたのは覚えている。

 美里と同じクラスになったのは中学2年生の時だった。なぜだか分からないが、美里はよく僕に話しかけてくれた。掃除の時間、バケツを取りに行った僕に対して美里が「おかえり」と言ったから僕は「ただいま」と言った。窓を拭いていた山崎さんが「夫婦みたいだね」と言って笑った。僕が、当時の中学では誰一人として見ていなかったウィンブルドンの決勝戦を朝五時まで見ていたからほとんど寝てない、と言った時も、誰よりも興味を示してただ話を聞いてくれた。女の子がただ話を聞いてくれるというのは何歳になっても悪いものじゃない。
 夏休みが開けるとすぐに、同じクラスの親友の林が学校に来なくなった。当時僕の中学は荒れていて、いじめられっ子というよりは生贄や犠牲者と言った方が正しいような子が、1クラスに最低2人ほどいた。そして林の後を追うように、僕も学校に行かなくなった。
 部屋に閉じこもって、親が働きに行った後に起きて居間でテレビを見て、親が帰ってくると部屋にトンボ返りして引きこもる。そんな昨日と今日と明日がメビウスの輪の上を走っているみたいにループする生活の中で、外界と繋がりができる時間が週に一回だけあった。木曜日の午後八時頃。
 最初に電話があったのは、確か休み初めて二週間後くらいだったと思う。そのくらい休んでしまうと、生徒は不登校として認識されるのだろう。母が二階の僕の部屋に向かって叫ぶ声が聞こえた。今でも覚えているのだが、その時に僕はPSPで麻美ゆまのエロ動画を見ていた。

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