小説

『粗忽なガーヤ』佐藤邦彦(『粗忽長屋』)

 最近シンギュラリティ、技術的特異点と云うんですか、そんな言葉をちょくちょく耳に致します。
 AI、人工知能ってヤツが、なんでも我々人類の知能を超えるとかなんとかってんで、早けりゃ2045年にもこれによって劇的な変化が人類に起こるんじゃないか、なんて云われてるそうですな。アタシには、この知能ってのが何を指しているのかが今一つ判然としないので御座います。よく猿が人間の3歳児や5歳児と同じ知能だなんて云いますが、そんなこたあ無いと思うんです。そりゃ、どっか一部分を切り取りゃそうなのかも分かりませんが、あくまで一部分でね。コンピュータもそれと同じで、記憶や論理的類推なんてなあ人間に優っているんでしょうが、それで人間を超えたかっていうと、ちょいと違うとアタシは思うんで御座いますがね。
 まっ、それはさておきまして、SFの世界なんかですと、以前からコンピューターの中にある世界を人間が旅行するだの、人類はやがて肉体を捨て、コンピュータの中で意識だけが存在するだの、逆にコンピーユーターが有機的な肉体を持つだの、色々と取り扱われて参りましたが、現実世界もなにやらSFじみて参りました様では御座いますな。
 さて、そんな未来、人間の意識をデータの様に保存する技術が一人の研究者によって開発されます。
 今回はその草創期についての噺でご機嫌を伺おうという次第で御座います。

「八五郎の兄ぃ。俺、困っちまってよ。ちょいと相談に乗っちゃくれねえかい」
 直脳通話で熊五郎が話し掛けます。八五郎や熊五郎たって、所謂日本人じゃ御座いません。この頃になりますってえと、もう何人なんてのはないんで。22世紀初めから国際結婚が当たり前となり、今や生粋の日本人やら生粋の何々人なんてのはどこを捜したっておりゃしません。ですから人種差別やナショナリズムなんて概念も遠い過去のこと。皆同じ地球人なんですから。この熊五郎とて、青い目に紅い髪ですし、兄ぃと呼ばれた八五郎は金髪に目は淡い緑色で御座います。この二人の名前も本名ではありませんで、当人が好きな字を名乗っているので御座います。
 また、この直脳通話で御座いますが、正に読んで字の如し、互いに直接脳でアクセスしあいます。遺伝子操作やらなにやらで、人間の脳が有機的なコンピューターの様な側面を有して、21世紀のコンピュータと同じで互いにネットワークで繋がれております。この頃じゃコンピューターを人間に近付けるんじゃあなく、人間をコンピューターに近付けるのが流行りでして、相手にイメージを伝えたりする場合は大変便利で御座います。こう云いますと、大層テクノロジーが進んでいる様に聞こえますでしょうし、確かに進んではいるんですが、ファッションや文化、生活様式というのは21世紀と左程変わちゃおりゃしません。
「おう。熊じゃねえか。どうしたい?」
 八五郎が熊五郎のアクセスを許可して返答致します。
「兄ぃ、俺、困っちまってよ」

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