小説

『不思議な時間の中の私』春日あかね(『不思議の国のアリス』)

だから、こちらも、「言ってるわよ!少なくとも、私が言ったことは思った通りよ」
「同じなもんか」と帽子屋。「それじゃ『視界に入ってくるものを食べる』ってのと『食べるものは視界に入ってくる』ってのが同じことだと言ってるみたいなもんだ」

 三月うさぎは歯どめなく続けた。

「『ゲットするものは好きだ』ってのと『好きなものをゲットする』」

 ここまであまりセリフのなかったヤマネも加わり、
「『眠るときには息をする』と『息をするときには眠る』」と、ニンマリと得意がって言うのだった。

 つい、聴き入ってしまった私だが、「あ〜、いかんいかん!」「これでは相手に乗せられてしまう」「それに何より、アリスと同じ道をたどる羽目になりそう。最後は、確か…、裁判にかけられるんだったっけ?」「あ〜、嫌だ嫌だ!」そして、思わず知らず、

「このなぞなぞには答えがないんだったわね?」と帽子屋に言った。

 帽子屋は私を無視する。

 その代わり、帽子屋は大きな口を開け、バターを美味しそうに頬張ろうとした。が、次の瞬間、バターを放り投げ、三月うさぎを叱責し始めたのだ。要は、テーブルの上にあったバターの賞味期限がとっくに切れていて、食べられたもんじゃないというのだ。

「この時計は狂っている!」帽子屋は木に掛けられた時計を睨みつけた。
「今日は何日だ?」
「12月31日。明日は、お正月よ」私は答えた。

 三月うさぎは時計を見ると、しょんぼりとそれをながめた。なんだか納得のいかない様子だ。「上等なバターなのにぃ」

「まあ、ちょっと落ち着いて」私は物語の展開を変えようと必死だった。続けて、「だいたい、時計は何日かは教えてくれないはずよ」
「そうそう!」三月うさぎも賛同した。
「じゃ、お前さんたち、わたしがでたらめを言ってるとでもいうのかい?」
「いや……、そういうわけでは……」と私。

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