小説

『神様、どうか』守村知紘(『駈込み訴え』)

 この鳥は、その鳥に似ている。

 手の中の小鳥が私を見上げる目には、慈愛のような、単にこちらを憐れむような複雑な色があった。それはあの人が、私を見る時の目に似ていた。

 ……馬鹿らしい。この鳥が天の思し召しだとでも思うのか。私がこれ以上罪を重ねないよう、あの人が使わしてくれたとでも? またはこの鳥自身が私に恩義を感じ、自殺を止めに来たとでも? 本当に馬鹿らしい。私もいよいよ焼きが回ったものだ。あの人の空想癖が移った。

 この鳥はあの時の鳥では無いし、あの人が使わしてくれたわけでもない。あの貴い人を裏切った私を誰が生かそうとするものか。この世に私の味方など一人も居ない。

 ……そう私は卑しい、救いようのない、穢れた人間なのだから。この世に唯一と慕った人から、生まれて来なかった方が良かったと蔑まれるほどに。

 そんな私が今更奇跡だの、救いだのを、こんなちっぽけな鳥に見出すわけにはいかない。殺しちまおう、それがいい。優しいあの人は殺生を禁じていた。人だけでなく、動物も、悪戯に殺してはいけないと諭された。でも殺生なんて今更だ。私はもっと大事な人さえ殺したのだから。

 

あの人の固い両手でもって、わたしの脆く小さな体は再び圧され、間もなく死ぬのだと思いました。こんな責め苦を与えるあの人を、それでもわたしは恨みませんでした。ただどうしようもなく悲しかった。それが殺されようとする我が身か、これから死のうとするあの人を想ってのことかは分かりませんでしたが。骨や肉が悲鳴をあげて、ぎゅうぎゅう潰される体と共に、意識が急速に圧縮され、そして――――……、

 

 
……――――あれからどれだけ時間が経ったのか。気づくと夜が明けていました。再び意識を取り戻したわたしは、あの人が自分を殺さなかったことを知りました。ただその事実を喜ぶより先に、徐々に白くなっていく朝の光に照らされ、私の目にはあるものが映りました。

それはわたしが意識を飛ばしていた合間も、動き続けていた時間の結果。

高い木から吊り下がり、風に揺れる悲しい抜け殻。

 
……ああ。

 

 
…………神様、どうか。

この声が届くなら、わたしの願いを叶えてください。わたしの慕うあの人の、途方もない過ちを、広い心でお許しください。

いつか終末が訪れた時には、どうかあの人の魂を、貴方の側に置いてあげてください。

あまりに罪が深すぎて、地獄から出ることが叶わないなら、せめて一言だけでもお声をかけてあげてください。

あの人が本当は金のために貴方を裏切ったわけじゃないことを、誰より深く愛していたことを、自分はちゃんと知っていたと。

自分の想いを貴方が知ってくれている――――それだけで、あの人は報われるんです。ほんのちょっとでいいから、報いてあげて欲しいんです。

……もし、それさえ許されないなら。

どうかわたしをあの人と、同じ地獄に落としてください。

これから生まれる全ての人に、裏切り者と誹られるあの人の、たったひとりの道連れにしてください。

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