小説

『ベーカリー ヘクセンハウス』鳩羽映美(『ヘンゼルとグレーテル』)

板チョコの屋根に、薄い飴でできた窓、それからビスケットの壁とクッキーの扉。
ビスケットとクッキーの違いってなんだろう?
あぁ、そんなことはどうだっていいわ!なんて素敵なお菓子の家なんでしょう!
クッキーの扉を開けて家のなかに入れば、テーブルの上には山のように積まれたケーキやパイ、色とりどりのフルーツゼリー。
どれもこれも魔法にかけられたみたいにキラキラと美しくて、とってもおいしい!
……あぁ、でも、まだ足りない。
デパ地下のマカロンに原宿のパンケーキ、行列ができるチーズタルト。
でも、都会に出るのも並ぶのも嫌だから、コンビニのアイスでいいや。
甘いものばかりじゃなくてスナック菓子も食べたい。それなら、コーラも欲しいな。
それから、それから……。

目を覚ますとお菓子の家はどこにもなくて、私は自室のベッドの上にいた。
橙色の陽射しが部屋のなかに満ちていて、少し暑い。また夕方に起きてしまった。
眠りすぎて重たい身体をなんとか起こしベッドから足を下ろすと、ガシャリと音を立ててなにかを踏んだ。
……身体が重たいのは、眠りすぎたからではないな。
私は少し笑ってしまいながら、踏んづけたスナック菓子の袋を蹴飛ばした。
お腹がすいている。
部屋中に散らばるお菓子の袋やお弁当の容器のなかからパーカーと財布を拾い上げて、私は部屋を出た。

人間関係を理由に会社を辞めて半年が経った。
目立った取柄も技能もない私の再就職はうまくいかず、だんだんと気力を失い、今では月に1度面接を受けるか受けないかという状態だ。
遊びに行くことも、友人と連絡をとることも少なくなり、出かけるのは近所のスーパーやコンビニくらい。なんにもせずに1日が過ぎていく。
それなのに、どうしてこんなにお腹がすくのだろう。

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