小説

『ベーカリー ヘクセンハウス』鳩羽映美(『ヘンゼルとグレーテル』)

こんがり焼けたビスケットを積み重ねたような、レンガ造りの店。
クリーム色の屋根と、チョコレート色の扉、小さな窓は店内の明かりで飴のように光っている。
窓からそっと覗くと、そこはパン屋らしかった。
ほとんどが売れてしまったようだが、棚にはちらほらとパンが残っている。
おいしそう……。
そう思いながら店内を見ていたが、ふと、床に黒い塊が落ちているのが目に入った。
なんだろう、ずいぶん大きい……と思ったところで、その黒い塊が人の形をしていることに気付き、私は慌てて店内へ飛び込んだ。

「あの、だっ、いじょうぶですか……!?」
普段喋ることが少ないせいで喉がつかえたが、なんとか声を絞り出し倒れているその人の肩を叩く。
黒い服に白い髪、しわしわの手。倒れているのはどうやら老婆のようだ。
どうしよう、そうだ、救急車を……!
パーカーのポケットにしまったスマホを取り出そうとしたその瞬間。
老婆の腕が勢いよく振り上げられて、力強く私の腕を掴んだ。

「ひっ!」
「……ぶん……から」
「え…?」
「オーブン……から、パンを……出し……」
「え、あ、オーブン……?」
「はやく!」
「えっ!?は、はいっ!」
老婆のしわがれた怒鳴り声に弾かれ、私は厨房へと走った。

「大丈夫そうだ。ありがとうね」
「あ、いえ……」
私がなんとかパンを救い終えた頃には、老婆は自力で立ち上がり、痛そうに腰をさすっていた。
病院に行ったほうがいいのではないかと提案したら、「転んだだけだ!年寄り扱いするんじゃないよ!」と怒鳴られてしまい、それ以上なにも言えなくなった。
大きな目と、印象的な鷲鼻。着ている黒い服も相まって、童話に登場する悪い魔女を連想させるその老婆は、枯れ枝のような指先でパンを鉄板から下ろしていく。

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