小説

『人魚姫裁判』柘榴木昴 (『閻魔大王』『人魚姫』他)

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 正に地獄絵図だな、と書類の山を見てほう杖をついた。これでもサイバー化を進めて随分と効率は上がったというのに。楽になった分だけ違う部署から仕事が回ってくるんじゃ意味がないな、そうため息をもらして長い脚を机に乗せる。とはいえ仕事を放棄するわけにはいかないのでまた人事に言って手ごろな人材を入れてもらわねばなるまい。それにそろそろ役職名の件はどうなったんだ。いくらエリートで恵まれた地位とはいえ、いいかげん「大王」なんて恥ずかしくて名乗れない。
 そう閻魔はぼやいてしなやかな手で資料を適当に仕分け始める。そこへコンコンコンと一定のリズムで律儀なノックが聞こえた。最近雇われた優秀なスタッフのものに違いない。
「入れ」というが早いかドアが開く。
「失礼」と最低限の会釈と無駄のない動きで『彼』はまっすぐに閻魔のデスクに向かってすい、と書類を差し出す。
「困難ケースか。めずらしいな君ほどのものでも採決に困るのか」
 天国か地獄か。これまで閻魔の仕事だった死んだ者の選別は大体蓄積された膨大なケースデータから参照されるようになっていた。死んだものは人であれ犬であれ虫であれ、大体がこれまでの判例になぞらえて判断が下されるのだ。その判例をスーパーコンピューターで検索して合致するような件を見つけ、違いやら備考を添えて天国か地獄かに提出するのが彼の他、閻魔を長とする部署の主な仕事だった。ただどうしてもこれまでにない判例や特殊な事情で審判に困るケースが上がってくる。この場合は従来通り閻魔帳から閻魔が直々に裁決を言い渡すのだが、当然ケースが集まれば集まるほど例外も少なくなる。さらにここ数年はこの優秀な新入りの判断に任せた結果、彼が審判して付記した書類が返ってくる案件はほとんどなかった。
「はい。何しろ法そのものが違いますので」
 彼はいい加減な仕事をしない半面、融通が利かないところがある。もちろんそれは死後の世界とは言え法の世界では重宝するが、彼の場合は生前その性格が災いして命を落とすほどだったため、あまり手放しで評価するわけにもいかない。なんでも恋愛にかまけた自分が許せなくて自害したというレベルなのだ。それは親友の裏切りともいうべき行為をも飲み下す自尊心と厳格さであった。
 それはさておき。
「どれ、被告死亡人は……人魚姫か。なるほど人間の法でも動物の法でも裁けないな。なんなら刺身包丁でもさばけないだろうな」
「……人魚の法は参照判例が皆無なので」

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