小説

『人魚姫裁判』柘榴木昴 (『閻魔大王』『人魚姫』他)

「つれない奴だな。人魚は穏やかな超希少種族だからな。そもそも法なんて文面化されたものがないだろ」
「それが、一定の律はあるようです。それにこのケース、自殺という見解もできそうなので尚のこと判断ができません」
「ほう。それは穏やかではないな」
 閻魔は報告書と閻魔帳に目を通した。魔法の力を借りて人間になり、悲恋のうちに海のもくずとなった人魚の姫。なるほどここには魔法の力と引き換えに声のみならず、命の代償についても記してある。
「王子と結ばれなかったら海の泡となるのをわかっていながら魔力をもって人間になったのか。そして結果はこの通り、か」
 ぱしんと書類を手でたたく。
「はい。そもそも人化がどれだけのリスクなのか、またどれほどの禁忌にあたるのかが判然としません」
「確かにな。とはいえオレも人魚の律については詳しくない。よし」
 デスクの電話を取る。
「オレだ。すまないが特別審理を行う。裁判員を5名選出してくれ」
 その後細かなやり取りをして電話を切った。
「閻魔様」
「なんだ」
「五人でいいのですか。裁判員は6名必要なのでは」
「そのうち一人はお前だよ、『K』――」
 こうして人魚姫の裁判が開始された。

 評議室の円卓には閻魔を中心に老若男女六人が集っていた。人間界の裁判員制度と同じように無作為で抽出された六人の裁判員で審議を行い、有罪無罪(天国か地獄)を判断しその量刑を量ることになる。ただ、大きく違うのは閻魔帳という賞罰に伴う事実を網羅した資料があるため人間界の裁判員のように事実認定はする必要がない。よって証拠調べや弁論手続きはなく、資料を読み込んでの評議となる。
 閻魔が長い脚を組みなおし、髪を結い上げてかんかん、と机の木槌を打ち鳴らす。良く通る声で審議の開始を宣言する。
「今回の審議の内容がいかなる結論に至ってもここに評議した者に咎はなく、すべて冥府の法と閻魔大王の名において誠実であったことを保証する。皆のものにあっては誠心誠意熟慮の上で審議に臨み、口外は固く禁じる事を誓約せよ」
全員が手を机に出して誓約を誓った。閻魔が小さく頷く。

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