小説

『人魚姫裁判』柘榴木昴 (『閻魔大王』『人魚姫』他)

「それでは審議を始めます。まずは私から」とKが口火を切った。円滑に審議が進むように、閻魔から言われていたのだ。
「まず、人魚姫は海の掟を破り魔法使いの力を借りて人間になった。これは海の法の体現者である王が禁忌としていたことだ。さらに人間と結ばれなければ海の泡になることも承知していた。これまで人魚が人間と結ばれたことはなく、あまりに低い確率に無計画に臨む姿勢は自殺行為であり、かつ四姉妹の末と言いう立場であるものの一国の姫としてはあまりに身勝手である。実際に婚姻に至らず王子殺害まで計画するも失敗し、海の泡となり多くの人に失意と悲しみを与えた。これはひとえに人魚姫の愚行であると言えよう。よって地獄行きを提案したい」
 淡々と事実を述べる。閻魔は端正な顔立ちを全くの無表情にして聞いている。基本的に自由発言に任せるつもりだった。だが内心はやはりな、と頷ていた。Kと人魚姫は似ている。散るとわかっている恋愛に己のこころ以上に身を焦がした結末は、経緯は違えど許容できるものではないだろうと予測していた。
 Kの隣に座っている浅黒い男がぐるるる……と小さく唸って小さく手を上げる。その手は毛むくじゃらで鋭い爪があり、それは実際に虎の爪であった。四肢は虎で顔や体は人間。半虎の李徴である。この男、現世では出世欲と傲慢さがゆえに人から虎になり山へこもったという特異な生涯を送っていた。獣人なのは人魚姫にも通じるものがあるなと思ったのは閻魔だけではないだろう。
「……李徴と申す。見ての通り半人半獣よ。おれは自分の欲のために獣になったが、それは人魚姫もおなじこと。欲のために人間になった。だが、人魚姫は最終的にその欲を捨てた。人間変化の魔術を解除するためには魔女の短剣を王子の心臓に突き立てその血を人魚姫の足に塗る必要がある。そしてその短剣は人魚姫の姉たちが魔女と交渉してもってきたのだ」
 みんなが頷く。
「ここで人魚姫には魔法解除の選択が任されている。彼女の自主性が尊重されておるのだな。そして短剣を構えたがやはり無理だと思いとどまった。おれなら殺しているだろう。願いが成就しないなら損失を抑える事が優先されるからな。むしろおれなら王子を助けた人魚姫にあやかってる結婚相手こそ殺すだろう」
 ふむ、と男性陣は腕を組み、女性陣は小さなため息をついた。
「もとより声を奪われた人魚姫は王子を助けたのが自分だと主張するのが難しい。だがその主張を助けるためには誰も動かなかった。声の出るほかの者が訴えてもよかったはずだ。だが人魚姫はすべて自分でおっかぶった。おれにはただの欲目とは思えない。だから、K氏の言うように自殺行為であり愚行ではあるもの、身勝手だったかというとどうだろうか。姉たちが何とかしようとするくらいには慕われていて、命を賭する責任感があったのではないか。身勝手というのは思慮のない行動ではなく、責任を放棄することだろう。だが責任はとった。違うだろうか」

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