小説

『人魚姫裁判』柘榴木昴 (『閻魔大王』『人魚姫』他)

 しばらくの沈黙。無機質な評議室そのままに、無言の空気が流れる。閻魔が引き受けて発言した。
「なるほど。ちなみにそれで、李徴の審判はどちらなのだ」
「反省はすべきであるとして地獄行きは免れないだろうが、肉体的苦痛を伴うようなものではなく、賽の河原のような努力することを知るための地獄がよろしかろう」
「お待ちください」
 李徴の正面、豪華なドレスの美しい女性がしなやかに、そして毅然と手を挙げる。
「どうぞ、ミス・ジュリエット」
「はい。ジュリエット・キャピレットですわ。以後お見知りおきを。そうですわね、私も悲恋の末自害した身。自害は地獄行き、ということで今地獄にいますわ……愛しのロミオと一緒に」
 確かに地獄では鬼を無視して恋人といちゃつく貴族の女がいると問題視されていた。間違いなくこの女性だろうな、と閻魔は思った。
「しかしですわ。私たちもそうでしたけど、そもそも家や社会や種族の間で恋愛が制限されているのが問題なのですわ。李徴さんのような、欲が世俗的なものならまだしも恋愛感情はどうすることもできませんもの。もっと原始的で根源的なものなのですわ。さっさと家が許してくれたなら、きっと人魚姫だって正々堂々正面から告白していたと思います。むしろ種族を超えて恋を実らせようとしたんですもの、評価されるべきですわ」
 感情的なようにみえて、一歩引いた視点だなと閻魔も感心していた。名前が出たせいか李徴が反論する。
「しかし、それでも他に方法がないわけではないだろう。おぬしだってその男と駆け落ちするなり家を説得するなりやり方はあったのではないか」
「私の場合はいろいろな偶然が重なったのですわ。ロミオがティボルトを殺してしまって追放されたり、ロレンスが伝言に失敗したり……ま、まあ私の話は良いのです。それに人魚姫は、辛い思いをもう十分にしています。罰が苦しみを与えることだというのなら、地獄行きはやりすぎですわ」
「わ、わたしもそう思います」
 ジュリエットの隣で小さな手が上がった。古びたかごにマッチを入れた可愛らしい女の子だ。マッチを売りながら希望の灯を夢見て散った儚い命。閻魔はジュリエットの言った「周りに協力者がいない」という点でこのマッチ売りの少女と人魚姫は似ていると思っていた。可愛らしくも芯のある声で少女は語る。

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