小説

『人形姫』原口りさこ(『人魚のひいさま』)

ツギクルバナー

 そのちいさなお人形は、ハル君のためのお人形でした。 
 ハル君がお腹の中にいる時、ハル君のお母さんは、赤ちゃんを女の子だと思っていました。お母さんは赤ちゃんに「ハルコ」と言う名前まで付けていたのです。そして、ハルコちゃんのためにと用意した物のひとつに、このお人形がありました。
 元気いっぱいのハル君は、人形遊びよりも、ブロックや怪獣のぬいぐるみ、汽車のおもちゃに興味津々です。だから、ハル君がお人形を手に取ることは、一度だってありませんでした。
 お人形は、おもちゃの棚の一番上に飾られています。そして、そこからいつも、ハル君が他のおもちゃを手に取るのを眺めていました。それでも、お人形は、他のおもちゃのことを羨ましくなんてちっとも思いませんでした。だって、ハル君と遊んだおもちゃたちは、みんな汚くぼろぼろに疲れて帰ってくるのですから。
 ハル君のお母さんは、時々、お人形を抱き上げ、やさしく髪をとかしてくれます。
「ありがとう。」
 お人形は、毎回お母さんにそう言います。すると、お母さんは、にっこり笑って、大事そうにお人形を棚の上に戻してくれるのです。

  こんなに大事にされて、私はお姫様のようだわ、
 とお人形は思いました。

 
 しばらくすると、ハル君は昼間、お家の外へと出かけることが多くなりました。ハル君は、幼稚園に行っているのです。

 ある日のことです。
「ねえ、ママ。ケン君の家にかいじゅう、持っていってもいい?」
 ハル君はお母さんに尋ねました。
 お母さんは、
「いいわよ。でも、持って帰ってくるのを忘れないでね。」
と言って、ぬいぐるみをリュックの中へと入れました。
 その日から、ハル君は友達の家へと出かけるときに、おもちゃをひとつずつ持っていくようになりました。

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