小説

『人形姫』原口りさこ(『人魚のひいさま』)

 少し経って、フウタ君のお母さんがフウタ君を迎えに来ました。
「小宮さん、今日はありがとう。大切な時期にごめんね。フウタ、何かしでかさなかった?」
 フウタ君のお母さんは、ハル君のお母さんに聞きました。
「ううん。大丈夫よ。実はこの前、お医者さんにも順調です、って言われたところ。そうそう、フウタ君、さっき棚に腕をぶつけちゃったみたいなの。もう痛くないみたいだから大丈夫だと思うんだけど………」
 二人は、インフルエンザの予防接種はいつするかとか、本格的に寒くなって来たね、とかいった会話を続けていました。しかし、しばらくすると、
「フウタ、もうそろそろ帰るよ!」
 フウタ君のお母さんは、そう言って、フウタ君を連れて帰ってしまいました。もちろん、かばんも一緒に。

「ただいまー!」
 フウタ君は、家に帰るのと同時にかばんを勢いよく投げ入れました。
 お人形を、これまで感じたことのないような衝撃が襲います。お人形は、かばんの外へと飛び出して行きました。
 あれだけ待ちわびたよそのお家だと言うのに、お人形はこわくてこわくて、たまりませんでした。
「もう、フウタ!そんなに乱暴にしないの。もっと大切にしなさい。ほら、家に帰ったら?」
 お母さんに促され、フウタ君は手洗いとうがいをしに、洗面台へと行きました。
 フウタ君のお母さんも、洗面台へと向かいます。
 ところが、
「あれ……。これは…?」
 フウタ君のお母さんの足元には、お人形がありました。

「本当にごめんなさい。うちの子、間違えて持って帰っちゃったみたいで。」
 フウタ君のお母さんは、すぐにお人形をお家へと連れて行ってくれました。
 フウタくんのお家は、ハル君のお家のすぐ向かいにあります。お人形が行きに何分もかかったと思ったその道は、帰り道では一瞬で終わりました。
「あら、ありがとう。棚から落ちちゃったみたいね。」
 ハル君のお母さんは、お人形を手に乗せて言いました。
 フウタ君のお母さんは、玄関に飾ってあった時計を見ると、
「あら、もうこんな時間!よるごはんが遅くなっちゃう。」

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