通りに面したオープンカフェで行き交う人々をぼんやりと眺めながら、私は途方に暮れていた。経営する会社の事業が行き詰まり、今のままなら、遠からず倒産が確実なのだ。昨年、妻が急逝し、三歳になる一人息子を抱えて、この先、どうやって生きていけばいいのだろうか……。ふと誰もいない隣のテーブルに目を遣ると、誰かの置き忘れた本が一冊、載っていた。黒い装丁に、白字で書かれたタイトルが見える。
『魔術の実際』。
立ち上がって、本を手に取り、私はそっとページを開いてみた。
三日後――。
激しく降りしきる雨の中、私は鬱蒼とした森に佇む洋館を訪ねた。『魔術の実際』の著者に会って、彼の話を訊く為に。
応接間に通された私は、四角いテーブルを挟んで館の主と向き合って椅子に掛けていた。館に降り注ぐ雨の音が、薄暗く、陰気な部屋に騒々しく響き渡っている。
「成程。魔術を身に着けたいのですね?」
と、主は訊ねた。
「はい。どうしても」
と、私は答えた。
「身に着けるのは簡単です。今直ぐにでも可能ですよ。ですが……」
「はい」
「やめておきなさい」
「何故ですか?……」
「本をお読みになった通り、私の使う魔術は〈黒魔術〉。悪魔と誓約して手に入れた力です」
「分かっています」
「確かに魔術を身に着ければ、傾いたあなたの会社を立て直す事はたやすい。それ所か、あなたは、あなたの望みを全て叶える事が出来るようになります」
「はい」
「しかし、あなたは結局手に入れたもの以上のものを失う事になる」
「それは、一体……」
「魔術を身に着けるには、悪魔にあなたの最も大切な〈何か〉を差し出さなくてはいけません」
「最も大切な〈何か〉……」
「私は利己的な人間です。私は、私が一番可愛い。結果、悪魔が私に求めたのは、私の〈魂〉」
「あなたの〈魂〉?」