小説

『生贄』志水崇(『魔術』芥川龍之介『夢十夜』夏目漱石)

 「肉体は滅びますが、〈魂〉は不滅です。いずれ再び肉体を得て、復活する。でも私には、それが出来ないのです。肉体の死後、〈魂〉を差し出す、と悪魔に約束してしまったからです」
 「それなら、問題ありません。私は永遠不滅の〈魂〉など望んでいない」
 私は主に懸命に訴えた。
 「来世の事はどうでもいい。私は今直ぐ救われたいのです!」
 主は困惑した顔で私を見た。
 「あなたは、私の話をちゃんと聞いていましたか?」
 今度は私が困惑した。
 「悪魔が求めるのは、魔術を身に着けたい人間の最も大切な〈何か〉。利己的な私は自分の〈魂〉を差し出す事になりましたが、あなたも同じとは限りません」
 「……」
 「あなたにとって、一番大切なのはなんですか?」
 「それは……」
 答え掛けた私は、絶句した。主の背後に突然黒々とした人影が現れたからだ。
 「どうかしましたか?」
 主が、私の様子を見て、訊ねた。
 「あなたの後ろに黒い人影のようなものが突っ立っているのです」
 主は、驚き、背後を指さして、又訊ねた。
 「あなたにこの影が見えるのですか?」
 「はい。見えます」
 「これは、悪魔が私を監視する為に寄越した私自身の影とは別の影です。もしあなたにこの影が本当に見えるんだとしたら……」
 「はっきりと見えます」
 「悪魔は既にあなたに魔術を授けたかもしれません」
 「どうしてそう思うのですか?」
 「後ろにいる影は、魔術を使える者にしか見えないからです。さっき私が質問した時、あなたは心の中で何を思い浮かべましたか?」
 「質問?」

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