スマホ画面に見入っていた智春は、だれかに肩を叩かれ、はっとわれに返った。
「よっ」
3年先輩の吉野だった。
「あ、どうも」
智春はあわててスマホをポケットに戻した。
「どうした? せっかくの全社合同忘年会だってのに、こんな隅っこで、ひとりスマホいじってるなんて」
「いや、まあ、その……へへ」
吉野が隣にすわりこみ、智春のグラスにビールを注ぎ足してから、自分のグラスをかちりと当てた。
「お疲れさん」
「あ……どうもです……」
智春が申しわけ程度にグラスに口をつける一方、吉野はごくごくとのどを鳴らしてビールを飲み、ふぅと息をついた。
「おまえ、社内で噂になってるぞ」
「え? 噂って?」
「とぼけるな。アレだよ、ほら、竹田千秋の件」
「いや、いきなりそんなハッキリ言わなくても」
智春は左右にちらりと目をやった。幸い、周囲は他の話題で盛り上がっており、こちらの会話は聞こえていないようだ。
「いまさら気にしてどうする? もうみんな知ってる話だ」
「あ、はぁ、そうなんですか……」
「あのさ、もうおまえもわかってるだろうが、あいつはヤバイよ」
「はぁ……」
「男に食らいついたら最後、死んでも離さないタイプだ」
「そうなんですか……」
「前にもいたんだよ、引っかかったやつが。まあ、ぱっと見はわりにかわいいしな。それに、あの胸だ。そりゃ、ついクラクラッとくるのも、わからないではない」
「はぁ……」
「でもな、そいつ、けっきょく退社に追いまれた」
「え~?」
「そいつも最初はあのルックスに惑わされちまったんだな。でも、あの粘着質の性格に耐えられずに別れ話を切りだしたとたん、やれヤリ逃げだ、やれセクハラだ、あげくは結婚詐欺だって、そりゃもう、社内大騒ぎさ」
「はぁ……ひどいですね……」