小説

『まったくなにやってんだ』広瀬厚氏(『浦島太郎』)

 まったくなにやってんだ

 ここ数ヶ月家賃の滞納を続ける俺に、大家のババアが「払わんのなら早よ出てけ」と、うるさく言う。「こんなオンボロアパートに住んでやってるだけでも有難く思いやがれ、クソババア」とはさすがに言えず、「出ていってやってもいいけど、そしたら滞納分は払わねえぞ」俺はババアにそう言ってやった。するとババアが、「構わん出てけ」と言いやがるんで「そりゃ有難い、ああ出ていってやるよ」って、ついついそう言っちまった。
 狭い部屋の中を見まわす。エレキギターが一本、スタンドに立てかけてある。これと言ってたいした家財道具などない、わびしい住まいだ。これまで適当にアルバイトをしながら、ロックバンドを組みギターを弾いて歌を歌ってきたが、数ヶ月前、バンドのメンバーとくだらない事で喧嘩をしてからやる気が出ず、スタジオもライブも、うちやったままほかってある。アルバイトもすぐにサボってクビになる。金も底をつきそうだ。だけど金をかせぐ気にも、バンドを再び始める気にもならず、ただのんべんだらりと、このところ日を送っていた。
 家賃は払えないが酒は飲む。夜、俺はなじみのバーへと足を運ばせた。うす暗いあかりの灯る店の中、カウンターを前にテキーラをロックでたのんだ。出てきたテキーラにライムをしぼって、ひと口のどに流した。のどと胸がカッと焼けた。ふさいでいた気分がちょいとばかし晴れた。
「どうだい最近バンドのほうは?」
 カウンターの中のマスターが、一人テキーラをちびちびやっている俺に話しかけた。俺はコップの底に残るテキーラをぐいと飲み干し、マスターに応えた。
「あれ、前に言いませんでしたっけ? メンバーと喧嘩してからライブも何もやってないって」
「ああ、それは前に聞いたけど、それでいまだ何もやってないってわけなのかな」
「ええ、ここずうーっと、なーんもやってませんね。あ、マスター同じのもう一杯ちょうだい」
 俺は空になったコップを手に持ち、マスターに向け言った。マスターは空のコップを俺から受けとり、それから別のコップに氷を入れ、テキーラを注ぎ、カウンターに「はい」と言って置いてから続けた。
「圭一君達のバンドけっこういい線までいってたんだろ。それじゃもったいなくはないかい」
「まあそうですけど・・・・・」
「そうだよ、ずっと頑張ってきたんだし、もう一度始めてみたらどうだい」
「そうですね・・・そうしようかな」

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