小説

『まったくなにやってんだ』広瀬厚氏(『浦島太郎』)

「大丈夫、大丈夫」と言いながら、俺は女の頭を優しくなでて宥めてやった。
 いったい俺は何をやっているんだ? 脳裡に疑問符がいくつも浮かび上がった。まあ、何はともあれ俺は女の命を助けたようだ。
 女の名前はミウと言った。漢字で海に愛と書いてミウと読むんだそうな。へんてこな名前だ。いや、そうでもないか。まあ、そんなこたあ、この際どうだっていい。
 俺は助けたミウに連れられて、彼女の部屋に転がり込む事となった。そこは俺の住んでいたオンボロアパートとはまったく違う、小綺麗な賃貸マンションだった。
 この部屋にミウは結婚を約束した男と以前まで同棲していた。彼女は男をまったく疑うことなく、男と共に紡ぐだろう自分の将来を夢見ていた。しかし男は、凡俗な物語でよくあるように、彼女とは別な女を作って、突然この部屋から出ていった。さびしさの中で絶望を覚えたミウは、川に身を投げ死のうとした。そこに俺が現れ彼女の死を引き止めた。冷静を取りもどした彼女は、命の恩人である俺に、もし本当にこの先住むところがなく困っているのであらば、自分の部屋にこないかと誘った。俺は彼女の顔をちらと見て、それも悪かないな、と誘いに乗ってアパートを出た。まあざっとそんな感じだ。語りだしたら切りがないので、細かなことは割愛させてもらう。
 俺は部屋の問題がとりあえず解決した途端、バンドのメンバーに頭を下げることが嫌になった。そして、
「なんでこのオレ様がオメエラに頭を下げにゃならんのじゃ。オレの居場所を探しあて、お願いですからバンドに戻ってくださいって、頭を下げるのはオメエラのほうだ」と、大変おうへいな気持ちが生まれた。
「だいたいバンドの力に頼らなくたって、オレ様一人でデビューできる器を持ってるんじゃい」と、えらく調子に乗った。
 そんなこんなでともかくも俺は、バンドのメンバーに謝って、バンド活動を再開すると言う考えを簡単に捨てたのだった。
 朝、「圭一さんまだ寝てるかな?」そう言ってミウは、ダブルのベッドの上に大の字になって、まだ一人寝ている俺の肩のあたりを、ちょんちょんと手で軽く叩いた。俺は閉じたまぶたを手の甲でこすって、まだ眠たい目を薄っすらと開けた。
「わたし仕事いってくるわね。朝食用意してラップかけてテーブルの上に置いてあるから、あとで食べてね。出かけるときは渡した合い鍵で鍵かけていってね、お願い」
「ああわかったよ。じゃ、いってらっしゃい」そう彼女に言って俺は、フワァッとあくびをして再び目を眠らせた。
 その日結局俺は昼過ぎまでベッドに寝ていた。そして起きた。ダイニングテーブルの上にはラップがかかった、パンケーキ、サラダ、フルーツ、コーヒー、が乗っていた。俺はパンケーキとコーヒーをレンジでチンして、昼過ぎのブレックファーストをとった。それだけじゃ物足りず、腹がグゥとなったので、冷蔵庫から残り物をだしてそれも頂いた。

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