小説

『まったくなにやってんだ』広瀬厚氏(『浦島太郎』)

「ミウちゃん、長いこと本当にありがとう。多少金も貯まったことだし、そろそろ俺、部屋を探してここから出てゆくよ」
「そう、私はまだまだ居てもらっても全然構わないんだけど、圭一さんがそう思うのなら、寂しくなっちゃうけど仕方ないわね」
「ごめん、なんか勝手ばかり言って・・・」
「謝ることなんてないわ。何たって私の命の大恩人ですもの」
「いや、それほどでも・・・・」
「いえいえ本当よ。それに圭一さんと暮らしてきて、こんなにでたらめでも生きていけるんだって、恋人に逃げられたぐらいで死のうとした自分が馬鹿らしくなっちゃった。とにかく私にとっていろいろとあなたは勉強になったわ」
「あら、それって俺のことをけなしているのかな?」
「違う違う、誉めてるのよ」
「ま、いっか。とにかく本当にありがとう。感謝してるよ」
 しばらくして俺は、自分一人暮らすのに適当な部屋を見つけた。前に住んでいたオンボロアパートとくらべると、そこは多少良い物件だった。いよいよミウと別れる段になって、急に俺は寂しくなってきた。なんだかこのままずっと彼女と、一緒に暮らしていきたくも思えてきた。が、しかし、そんな思いを断ち切って、俺は彼女の部屋を出た。別れ際、俺はミウに言った。
「もう二度と川に身を投げようなんて思うんじゃないぞ」
「ええ大丈夫よ。それより圭一さん、音楽頑張って有名になってね。きっとわたし応援するから。楽しみにしてるわ」
 ミウは笑顔で俺に手を振った。俺も寂しさをこらえて彼女に手を振り返した。さあ、これから頑張ってなんとかデビューしてやる、と俺は胸に誓った。
 再び一人で暮らし始めた途端、どうにもやる気がしぼんできた。一人でデビューする自信がどんどんなくなってゆく。昔のバンドのメンバーに頼りたくなってきた。喧嘩をしたまま結局二年ほど、メンバーの誰とも連絡とらずじまいだ。彼らはまだバンドを続けているのか知らん。もしそうだったら、今度こそきちんと謝って、もう一度仲間に入れてもらいたい。だがもし続けているとしたら、すでに新しいボーカルを迎い入れていると思ったほうが自然だ。が、しかし、されど、だけれど、ひょっとして、と俺は毎日ぐずくずして日を過ごした。またまたバイトもサボりがちとなってきた。
 ミウの部屋を出てからひと月ちょい過ぎたある晩、俺は彼女を助けたあの晩以来一度も訪れていなかった、なじみのバーの扉を大変久しぶりに開けた。マスターにいろいろと相談してみようと思ったのだ。

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