小説

『まったくなにやってんだ』広瀬厚氏(『浦島太郎』)

 それからとくに外出する気もおきず、テレビをつけ画面に映ったものを漫然と傍観したり、本棚から本を取り出しペラペラページをめくったりして、ダラダラと夕方まで過ごした。
 日も暮れた頃、ミウが仕事を終え帰宅した。彼女の「ただいま」と言う大きな声が玄関から届いた。リビングのソファーに寝ころんでギターを腹に乗せ、いい加減に爪弾いていた俺は、コードをジャーンとかき鳴らし歌うように「おかえりー」と返した。
 だらしなくソファーに寝ころぶ、俺を上から見下ろし彼女が言った。
「圭一さん、今から外に食べにいきましょ」
「えっ、ミウちゃん俺金ないからよしとくよ」
「お金の心配はしないで。遠慮しないで一緒にいきましょうよ」
「そうか、それならいこうかな。悪いねえ」
「なにか食べたいものあるかしら?」
「そうだな焼肉なんてガッツリいきたいな」
「じゃあそうしましょ」
 俺はミウのおごりで焼肉をたらふく食らって生ビールをグイグイあおった。腹いっぱいになって焼肉屋を後にした俺たちは、帰りにカラオケボックスへ寄った。俺は良い気分でマイクを握りしめ、思うぞんぶんに自慢の喉を鳴らした。ミウはタンバリンを叩いて俺の歌に乗ってくれた。俺は調子に乗ってさらに喉を鳴らした。カラオケボックスを出るころ俺の喉は、歌いすぎてガラガラになっていた。この晩、すっかり楽しい気分になって、彼女の部屋へと二人で帰った。
 俺にとってまるで桃源郷のような日々は続いた。ミウは毎日毎日、俺にとても良くしてくれた。そして俺はそれに甘えっぱなしだった。
 時折、「こんなに甘えっぱなしで良いのかな」そうミウに尋ねると、彼女は決まって「命を助けてもらったんだから、これぐらいどうってことないわ」と返す。ダメな俺は「そうか」とうなずき、ついついそのまま甘えてしまった。
 半年も過ぎた頃、さすがにこのままじゃまずいと俺は思い始め、昼間にアルバイトをやりだした。最初のバイト代が入ったとき、ミウに少ないながらも生活費を渡そうとしたが、彼女が受け取ろうとしないので、俺はすぐさま出した金をふところに引っ込めた。おかげで俺は、自分で働いて得た金をあまり使うことなく、貯めることができた。
 俺が命を助けたミウに連れられて、ボロアパートから彼女の部屋へ転がり込んで、あっという間に一年と数ヶ月が過ぎた。半年過ぎた頃に始めたバイトで稼いだ金も今ではけっこう溜まった。そろそろ俺は彼女の部屋を出ることを考えだした。ずっとうちやって何もしていない音楽活動を、真剣に再開したく思い始めた。部屋を探そうと思う。

1 2 3 4 5 6 7 8