小説

『母岩戸』室市雅則(『天岩戸』日本神話)

 澤田浩一は約七年間引きこもっている。
 会社を退職して以来ずっと引きこもっている。
 大学卒業後に金属にバーコードを印字する機械を扱う会社へ入社した。
 金属と一口に言ってもアルミ、スチール、缶状、板状と様々にあり、それぞれに特性があるので知識と経験が必要であった。
 面接に手応えは無かったのだが、浩一は工学部を出ており、その面に明るかったことが採用の決め手になっていた。
 会社は新人教育に全く熱心ではなかった。だから、浩一は特に研修を受けることもなく、いきなりたった一人で現場に向わされた。その度に、お客さんの前で冷や汗を垂らしながらマニュアルを睨み、製品の修理に悪戦苦闘をする日々であった。
 お客さんからすれば、その道のプロが当然やってくると思っているのだから、それに応えなくてはならず、生真面目な浩一はプレッシャーを尋常ではないほどに感じていた。そして、それが苦しかった。会社に助け舟は出す方法もあっただろうが、せっかく自分に任せてくれた期待を裏切ってしまうと独り合点し自分で自分の首を絞めていた。
 しかし、浩一はついにギブアップをし、体も心もズタボロになってそのまま退職をした。
 もちろん次の働き口の目処も気力もなかった。
 それが二十三歳の秋のことだった。

 失業手当を貰うためにハローワークに通ったが、失業手当を受給する段になると怠け者の雁首がもたげた。仕事を探しているフリで受給できることに気付き、そのまま90日分の手当を得ただけで、その後はフリさえもせず、求職活動を止めた。
 それからは、日がな一日何をするでも無く、家の二階の自室に閉じこもり、寝て、起きて、インターネットの中を泳ぐ生活。たまに出かけるのはコンビニくらいであった。
 この生活が始まった頃、食事の際にはダイニングキッチンまで降りて、父の秀樹、母の敦子、高校生の妹の彩の間に背中を丸めながら入り込んでいたが、次第に家族と顔を合わせるのが気まずくなり、自室に運ぶようになるも、次第にそれさえも煩わしくなり、部屋にこもりっぱなしとなった。そして、心配をした敦子が運んでくれるようになり、それが今に続いている。

 コンビニの外出以外に自室を出るのはトイレと気まぐれに浴びるシャワーの時だけ。

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