小説

『母岩戸』室市雅則(『天岩戸』日本神話)

 敦子が座ると秀樹がアルバムを見せ、一枚の写真を指差した。
 そこには小便小僧の像の前で同じポーズを取る幼稚園児くらいの浩一が写っていた。
 笑う敦子。
 「この頃から変わっていないのね」
 一同も笑った。
 「やっぱり母さんがいるのが嬉しいな」
 秀樹が敦子の肩を抱き寄せる。
 「おいおい、やめてくれよ」
 と浩一。
 「良いだろ。なあ母さん」
 「二人ともこっち向いて」
 彩が携帯で秀樹と敦子の写真を撮る。

 トイレのドアノブは元通りに戻っている。
 ダイニングには炊飯器のメロディが流れ、卵が焼かれる音が響いた。
 敦子が朝食を作っている。
 テーブルではスーツに着替えた秀樹が目を擦りながら新聞を広げている。
 彩もスーツに着替えており、ソファでメイクをしている。
 「出来たよ」
 敦子がご飯、みそ汁、卵焼きを並べ終える。
 「お、サンキュー。いただきます」
 秀樹が新聞を畳み、みそ汁をすすり始める。
 「いただきます」
 彩もやってきて納豆をご飯にかけて食べ始める。
 敦子はダイニングを出て、階段へ向うと二階に向って叫ぶ。
 「浩一、朝ご飯」
 そう言って敦子はダイニングに戻った。
 ドアが開く音がし、階段を降りる足音。
 髭を剃り、髪を整え、ワイシャツを着た浩一がテーブルに着いた。
 照れた様子の浩一がテーブルにつき、箸を持つ。
 秀樹も彩も素知らぬ振りをして、食べ続けている。
 浩一がみそ汁をすすった。
 少し息を吐くと黙って食べ続ける浩一。
 秀樹は食べ終わり、立ち上がってジャケットを手に取った。

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