小説

『母岩戸』室市雅則(『天岩戸』日本神話)

 「いってきます」
 「私も」
 彩も続いて立ち上がり、二人で玄関に向う。
 敦子に見送られて出勤する秀樹と彩。

 ダイニングには浩一と敦子だけになった。
 敦子は洗い物をしている。
 浩一は卵焼きを飲み込み、その背中に声をかける。
 「母さん、今までごめん」
 敦子は振り向かずに返事をした。
 「私こそ。怒らなかったのは、浩一に嫌われるのが怖かっただけだったんだよね。それが浩一のためにならなかった。ごめん」
 「謝らないで」
 沈黙。
 敦子がそれを破る。
 「今日はどうするの?」
 「とりあえずハロワに行って相談してみる」
 敦子が笑顔で拍手をしたので浩一は照れた。
 「ごちそうさま」
 食器をシンクに運んで玄関に浩一は向った。
 敦子も見送りに出て来る。
 浩一は扉を開くと光りが差し込んで来たので目を細めた。
 「眩しいな。外の世界は」
 敦子は浩一の背中を叩く。
 「眩しいのよ。外の世界は」
 笑う浩一。
 「いってきます」
 もう一度、浩一の背中を強く叩く敦子
 「いってらっしゃい」
 一度頷いて出て行った浩一。
 閉じた扉に向って敦子は二度手を叩き合掌し、目を瞑って呟いた。
 「皆が無事に過ごせますように」

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