「困った」売れない小説家である佐川俊介は頭を抱え呟いた。久しぶりに原稿の依頼が来た。それもかなり割の良い話である。ここずっとろくな収入のない彼にとって是非とも受けたい仕事である。しかし全く書く自信がない。「どうしよう」と、また俊介は一人呟いた。
爽やかな青春恋愛小説を書いて欲しいと言う。小説家佐川俊介は、自分が実際に経験した事意外ほぼ書けぬ。彼が今まで経験して来た恋愛と言えば、泥沼のごとく足を入れればヌンメリネッチョリまとわりつく、ドロドロで爽やかとは真逆なものばかりだった。到底爽やかな青春恋愛小説など書く自信がない。これまで何編か草したドロドロ恋愛小説はそれなりに評価されてきた。もし今回の依頼が爽やかな恋愛小説でなく、ドロドロの恋愛小説だったならば、満腔の熱誠を以って、一度足を踏み入れたら抜け出せない、底なし沼のごときドロンドロンな愛の物語を綴ってやったのに。そう思い俊介は深くため息をついた。
断るべきか、受けるべきか、俊介は悩みに悩んだ。やはりどう考えても自分には書くことが出来ない、残念だが今回は断わろう。彼は依頼を受けるのを諦めかけた。ふとそんな彼の脳裡に、実際経験した事しか書けぬのならば経験すればいいじゃないか、との考えが浮かんだ。しかし自分にとって現実的でない。それに万が一爽やかな恋愛が出来たところで、そんなすぐ簡単にって訳にはいかない。結局彼は依頼を断った。すると、全く急がない、ゆっくりでいいので書けるものなら是非書いて欲しい、との有難い言葉が返って来た。そこで俊介は、一応出来る限りの努力はしてみる、と言っておいた。
爽やかな恋愛だなんて俊介にとって夢みたようななものである。だいたい取っ掛かりだって全くつかめない。彼はまたまた頭を悩ませる事となった。
「そうだ!バーチャルだ」と部屋の中、パソコンを前に一人俊介は声を上げた。今どきである。仮想空間の中、自分のアバターに爽やかな恋愛をさせる。そしてそれをもとにして小説を書くのだ。彼は検索を重ね、それに適当と思われるバーチャルスペースを提供するサイトを見つけ出した。
まずは設定だ。最初女の子になりすましてやろうかとも思った。が、やめた。35才独身の俊介は、自分のアバターを、18才大学一年生の春介とした。アバターの見た目から何から、出来る限りに爽やかな設定を仮想空間に施した。相手を見つけるため自分をアピールしなければならない。爽やかとは無縁でこれまで生きてきた俊介は、エログロな言葉ならいくらでも思いつくが、爽やかなセリフがちっとも頭に浮かばない。彼は必死になって自分のプロフィール文を考えた。