小説

『明日、桜を食べに』柿沼雅美(『桜の樹の下には』)

 この手紙を読んだら、覚えていてね。これから2年後、みんなはハタチになったら就職活動で悩んだりするのかな。12年後、30歳になったら、みんなは何で悩んでいますか。きっとわたしと違って強いからちゃんと生きているはず。中高一貫女子校だしわたしがいなくなっても追及したり表に出さないはず。ただ、思い出したらここに来てね。学校から近いし、いつもこの桜の樹の下のベンチでしゃべっていたから思い出せるよね。かわいい綺麗って言って、私の生命を吸い取って咲く桜を見ていてね。ばいばい。また春に会いましょう。     

2004年4月25日 3年D組 桜田美優

 向かい合っているだけで全く向き合ってもらえていない。
 そんな話をすると、翔が上目使いに茜を見た。その目からは早くここから解放されたいという気持ちが滲みでている。
 だっていつもそういう風に言うから、というようなことをもごもごと翔が言った。
 から、から何なんだ、と考える前に言葉が出る。いつも思っていたことだからか、なめらかに口が動く。
 「から? いつもわたしがこういう風に言うから、蓮のオムツも変えないまま成長させて、電話にはずっと出ないで、定職には就かないで、なんなら認知もしない?」
 言いながら、コップを投げつけたくなる。家じゃなくて近くのカフェを選んで正解だった、と思う。大声を出さないようにとか泣かないようにとか考える隙間ができる。蓮がこれができるようになるあれができるようになるなんて言っても、そのちょっとした成長もこれっぽっちも分からないんだろう。
「だって、茜がこっちに来ないみたいな態度だから」
 翔の両親の希望で、結婚したら翔の実家のある群馬県に住むつもりだった。そうまわりの友達にも話をしていた。自分の母親から、娘も孫も取られる気分だわ、と言われても、電車で来れる距離だもん大丈夫だよと話して、テレビ電話ができるようにスマートフォンも買ってあげた。
 にも関わらず、翔はこっちの家の整理も手伝わず、なかなか帰らなくなり、こんなんじゃやっていけないと思った茜に対してフォローもなく、ただ別居婚状態になった。中学高校大学の友達を呼んで結婚式をして、蓮を生んで半年も経っていない頃だった。
「翔のお母さんが来なくていいってわざわざ東京まで出てきてうちの実家の前で待ってそう言いに来たよ」
 茜が言うと、知ってか知らずか、ただ翔は、目だけ合わせた。

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