小説

『明日、桜を食べに』柿沼雅美(『桜の樹の下には』)

 「みんなで会わなくなったのって、美優を仲間外れにしたわけじゃなくて、大学の推薦組と受験組で学校に来る日がズレちゃって、受験組は勉強してただけじゃん」
 「うん」
 美保が言うと、二人してちょっと泣きそうになっているのが分かった。
 「そういう、ちょっとしたことが続いちゃっただけで、美優が大学受からなかったのだって運が悪かったみたいなもんじゃん」
 「うん。私はさ、こうやってさ、12年経っても変わらず話せて、別々の苦労してるけど同じ楽しさ感じられて。美優にとって、そういう友達でいたかったんだよ」
 「だね、私たちにとっても美優がそうでいてほしかった」
 うん、と美保は強く返事をした。
 まぶたの裏に、あの頃の美優が映る。紺地に細いグリーンの線がチェックになった短いスカート、揺れる赤いリボン、紺色のジャケット、桜に手を伸ばして見えた白いブラウスの袖、背伸びをしてかかとの浮いた茶色いローファー、さらっとした美優の肩にかかった髪。制服を着ている茜と美優と自分が見えるようだった。
 「なんかさ、ちょっと違ったら全然今違ったよね、たぶん」
 そう言う茜に、そうだね、と美保は答えた。
 「たぶんさ、色んなことがそうなんだろうね。1分違ったら車に突っ込まれたりしなかったとか、1秒違ったらオリンピック選手だったとか。茜も、1日ちがったら蓮くんは出来なかったかもしれないし」
 「そっか。あの日1時間違ったら、美優は今ここにいてくれたかもしれないんだ」
 「美優は一人で何を思ってたんだろうね」
 美保が言うと、茜は指で遊ばせていた桜の花びらを口に入れた。
 「え、何してんの? 何した今」
 茜は驚く美保を見てふふっと笑い、舌に桜の花を乗せて見せた。
 「いや、なんか、この桜が美優なんだなと思って。よく言ってたじゃんみんなで。現代文の教科書真似してさ、桜の樹の下には屍体が埋まっている! じゃなきゃこんなに美しく咲くわけないじゃないか! って、演劇みたいにここで。で美優は口開けて降ってくる桜食べようとしてた」
 「あー、あったね。作品に精液っていう表記が出てきてみんなでキャーキャー言ってた」
 「ウケる。美優はまだこの桜の樹の下にいるのかな」
 茜が言うと、美保はそんな気がしてならなかった。

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