小説

『明日、桜を食べに』柿沼雅美(『桜の樹の下には』)

 数分後、遠藤の返事には、ごめん言えてなくて、でもちゃんと話すから今度ちゃんと話そう、と書かれていた。
 美保は席を立ち、部署を出て遠藤に電話をかけた。
 電話は留守電に設定されていて、もう会えないような気がしてその場で泣きそうだった。
 部署のドアを開けて戻ろうとすると、入れ違いに浅野さんが出てきてぶつかりそうになる。
 「あ、すみません、斉藤さん、今みんなで話したんですけど、本部長も事業部長もだから、予定してたお花見は中止にして、送別会にしようかってなったんですけど、お店探してもいいですか?」
 いつだって自分の頭の中よりも早いスピートでまわりは動いている。美保は、いいんじゃないかな、と言うしかなかった。
 「あ、浅野さん、送別会じゃなくて壮行会にしないと」
 美保が言うと浅野さんは少し間を置いて、どう違うのか考えているようだった。
 「送別会は、出て行く人を送る会で、壮行会なら、祝ったり励ましたりして送り出す会になるから」
 「あ、そうなんですかぁ。ちょっと違うなとは思ってたんですけど、全然違うんですね。たしかに、あの二人ならきっと次の会社も決まるでしょうし、いいですね、壮行会!」
 美保は、無理に、うんうん、と微笑んで頷いた。送別会、という響きで、遠藤との永遠の別れでお葬式のような気分になりそうだった。
 ドアを手でおさえて入れ替わった時に、明日お休みもらってもいいかな、と美保が言うと、オッケーですぅ、と浅野さんはタレントのように頬の前でオッケーマークを作った。

 電話の向こうの遠藤隆一はいつもと変わらなかった。ちゃんと全部決まってから話そうと思ってた、という声の中に、退職で家族との話し合いが含まれているような気がして、美保は何も言えなかった。全部決まってから、の中に、美保と一緒に暮らそうと思っていることや子供の養育費の話しをしてくれていたら、どんなにいいだろう、いや、それはそれでいいのか? と心の中で自分対自分の会話をした。
 会社大丈夫かな、という美保に、正直うちの部門は厳しいかもしれない、もし何か必要があればいくらでも力になるから、これからも何も変わらないよ、と隆一が言った。いつもと変わらない口調にそれが安心なのか不信なのか分からない。
 今外回り? と言う隆一に、美保は、ううん、通ってた高校の近く歩いてる、と答えた。何かあるの? と聞く隆一に、隆一と本部長のおかげで部署のお花見の予定が流れたから、桜観に来たの、と返すと、いいじゃん来週一緒にお花見しよう、と隆一が言った。その手があったね、と喜ぶ美保に、そりゃあるでしょ、と隆一が電話越しにちょっと笑った。

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