小説

『猫と、僕と杏子の距離』こさかゆうき(『猫と庄造と二人のをんな』)

「ちがくない!おんなじや」
 僕は杏子が自分より先に死ぬときのことを想像しようとしたが、うまくできなかった。とゆうか、そもそも杏子と結婚した自分を想像することすらできなかった。
 それでも僕が猫を飼うことを承諾したのは、杏子に根負けしたからでも、急に猫を飼いたくなったからでもなく、杏子との関係がマンネリ化しはじめていたからだった。猫が僕ら二人の潤滑油になるかもしれないと考えたのだ。
 それから数日して、わが家に猫がやって来た。スナフキンみたく山高帽を目深にかぶった柚葉ちゃんが連れてきたのは、やや濃いねずみ色の猫だった。子猫特有の丸みがあるものの、手足が長くスラっとしていた。
「わあああ、めっちゃカワイイ!」
 柚葉ちゃんが帰ると第一声、杏子がきゅっと猫を抱きしめた。
「写真よりずっと、カワイイなあ」
「うん、キレイな子だね」
「あんた、べっぴんさんになるで」
 杏子は猫を抱きかかえたまま、床に仰向けになった。腕を伸ばして猫を持ち上げ、じっと眺めていた。
 猫は美しい楕円の眼で杏子を見つめ、空中でふわふわしていた。
「この子、ロシアンブルーっていう種類なんやて」
「なんかロシアンルーレットみたい」
杏子は僕のボケを黙殺して、手の甲で猫の毛をさわさわしていた。
「な、な。名前、どうする?」
「うーん。リリーかな」
「リリー?」
「うん。リリー」
「なんでスッと出てきたん?」
「なんとなく。寅さんのマドンナのリリーがパッと頭に浮かんだから」
 真っ先に思いついたのが、寅さんで浅丘ルリ子扮するリリーだった。
「そらまた、渋いなぁ。あ、まさか、元カノの名前とか?」
「外人?」
「いやいやいや。リリーって、日本語やと、百合やろ?」
「百合、だね」

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