その夜、爺さまと俺はそれを見た。
霧雨の降る中、ひとり電柱の影でひっそりとうずくまる女性を。
それは緋色の着物を肌色の帯で結んだ、長い髪の女だった。
俺はその時代錯誤な服装よりも女の具合が心配になって、思わず、女のもとに駆け寄ろうとした。しかし、それを止めたのは爺さまであった。
「坊、よく見ろ。あの女の着物は濡れているか?」
爺さまは優しく、でもつないだ手に少しだけ力を入れて俺に問うて来た。
そうして、俺は気がついた。
女の着物が、いっさい濡れていなかった。
霧雨とはいえ、俺も爺さまも傘をさしている。
その傘には点々と水滴が乗っていた。
女は、何もさしていない。
なのに、髪も着物も一切濡れていなかった。
「坊、通り過ぎるぞ。」
そうして、爺さまと俺は女の横を通り向けるようにして歩き出した。
爺さまの手はがっしりとしていて、しわだらけで少し汗ばんでいた。
でも俺は、あの女が気になってそこから視線をそらせなかった。
そうして、奇妙なことに気がついた。
女はうずくまったままだった。
そして、彼女は微動だにしない。
ゆっくりと電柱の横を通りすぎる。