小説

『霧の日』化野生姜(『むじな』)

その疑問がふいに頭をもたげたとき、俺は孫の手を握って雨の道を歩いていた。
霧雨が音も無く降り、いまにも消えそうな外灯が間隔をあけて並んでいる。

その一つの下に、女がいた。
それは、緋色の着物を肌色の帯で結んだ長い髪をした女だった。
女は、うずくまっているようだった。

ちょうどその時、孫は女の様子が気になるのか、ふいに近くへと駆け寄ろうとした。とっさに、俺は孫とつないだ手をほんの少しだけ強く握った。
そして、思わず口を開いた。

「坊、よく見ろ。あの女の着物は濡れているか?」

しかし、その一言を言った瞬間、俺は自分の言葉に驚いた。
これは自分が子供の頃に爺さまから言われた言葉では無いだろうか…。

そうして、あの日のことを思い出した。
子供の頃に見た女。
顔を覆う女。
そうして、爺さまから聞いた、『むじな』の話…。

自然と、次に口にする言葉をためらった。
爺さまは次にこう言うはずだ。

『坊、通り過ぎるぞ。』…と、

そうして、俺は孫を連れて家へと帰る。

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