小説

『ジャックと〈ジャック〉と竹とタケコ』大前粟生(『ジャックと豆の木』『竹取物語』)

ツギクルバナー

 ジャックは父親がいなくなったときのことを覚えている。でもそれはちょうどそのとき幼かったジャックがよく口にしていたことのように現実感のない、夢のようなことだったから、いくらジャックが訴えても母親は相手にしなかった。いくらジャックが「月からきた人がパパを連れていったんだ!」といっても、母親は泣きながらジャックを抱きしめるばかりだった。
〈突然死〉
 その三文字がジャックの父親を処理した。病院の人も警察の人も、見慣れきった三文字を受け流してジャックの父親と残されたふたりのことはすぐに忘れた。
〈月が大きな夜に突然倒れた〉
 ニュースにするにはインパクトのない死だったから、世の中に住むほとんどすべての人はジャックの父親が死んだことなんて知らない。どうだっていいことだ。ひとりの死、目撃者は幼い子どもだけ、そんなことにかまっている暇はない。みんな、忙しい。どこかでひとりが死んだことよりも、どこかで百人が死んだことの方がずっと大事で、みんなひとりではなくて百人のために涙を流した。ジャックの父親は生命保険に入っていなかったから、父親が死んだあとにはジャックと母親だけが残された。あと一台の車。
 ジャックの父親が死んだのは月が大きい夜。夏だった。
「なぁジャック、大きくなったら、なにになりたい?」ジャックの父親が聞いた。
「ジャック!」
 ジャックは本当はジャックじゃない。
《ジャックと豆の木》
 ジャックはこのお話が大好きだったから、いつの間にか自分をジャックと重ねるようになっていた。小さい男の子は自分のことをジャックと呼んだ。母親と父親もそれに付き合った。ジャックが〈ジャック〉を夢見たのは、〈ジャック〉が泥棒だったから。
《すごい金貨だ。あれがあれば、お母さんがよろこぶぞ》

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