小説

『ミスター・ワンダフル』中村吉郎(『クリスマス・キャロル』チャールズ・ディケンズ)

「ミスター、あんたは、今日、突然、私が目の前に現れたと思っているんだろうが、今迄だって、何度もここに来ていたんだよ。ここはあんたの会社でもあり、私の会社でもあるから、来てはいけない理由はないだろう」
「俺がいない時に何度もここへ来ていたのか?」
「大抵あんたはここにいたが、私に気付かなかった。さっきあんたが言った通り、私は死んでいるから見えないのも無理はないさ」
「でも、今ははっきりと見えているぞ」
「むしろそれが問題なんだよ。私とあんたは住む世界が違うから本来見えてはいけない。それが見える様になったということは、どういうことかわかるかね?ミスター」
 丸井さんは、その白髪も、グレーのスーツに包まれた痩せた大柄な身体も、淡々とした口調も、生きている時と全く変わっていないので、勝も、話の途中で丸井さんが死んだという事実を忘れそうになるぐらいだった。
「俺もそっちの世界に近くなったとでも言いたいのか?」
「相変わらず勘が鋭いね。ミスターはいつでも話が早い。だから共同経営者になった訳だし、仕事もやりやすかったよ」
「ちょっと待ってくれ、今のは半分冗談で言ったんだが」
「あんたが冗談を言うなんて珍しいな」
 丸井さんは初めて笑顔を見せたが、それは普段あまり笑わない人の笑顔に共通する不自然さがあった。勝は笑顔を見せるどころか、ますます不機嫌になり、眉間のシワが深くなった。
「ということは、君は、俺がもうすぐ死ぬということをわざわざ言いに来たのか?」
「その通り。あんたの寿命は今日までなんだ。日付が変わる頃、脳溢血で倒れるよ、ミスター」
「馬鹿馬鹿しい!」
 勝は吐き捨てる様に言った。
「俺の寿命が今日までだろうが30年後だろうが、知ったこっちゃない。明日で世界が終わろうが永久に続こうが、俺はその日その日やるべきことをやるだけだ」
 丸井さんの言葉を信じているのか信じていないのか、勝があまりにも動じないのでわからないが、彼にとって自分がいつまで生きるかということに全く関心がないのは確かな様だ。
「どうやら、あんたの寿命が今日迄だということについては、本人よりも私が心配している様だね」
「俺が心配していないことを君が心配してもどうなるものでもないだろう」
「あんたの葬儀は誰がやる?」
「万が一俺が死んだら、俺の葬儀は倉地君がそつなくこなすよ。何と言っても、この海老カツと一緒に5年も働いているのだから。仕事のことでもう教えることは何一つない」

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