小説

『ミスター・ワンダフル』中村吉郎(『クリスマス・キャロル』チャールズ・ディケンズ)

「新人?いつの間に求人広告を出していたのですか?」
「求人広告なんか出しちゃいないよ。明日面接に来るのは、俺の甥の好夫だ」
「好夫君ですか」
 「ありがとう式典」で勝と仕事をした5年の間に、倉地は何を言われても動じなくなっていたので、冷静に答えた。
「それなら、社長が自ら面接をして諸々お決めになった方がよろしいのではないですか?」
「いや、こういうことこそけじめをしっかりつけておいた方がいい。ここ数年は、会社の経理も総務も全て君に任せているだろう。好夫の待遇、条件なども全て君に任せるから、社長の身内ということは一切関係なく、対応して欲しい」
「わかりました」
 勝が一度決めたら後に引かないことは倉地が一番よくわかっていたので、素直に返事をした。また、年末から2月にかけては葬儀社としても繁忙期であり、万が一途中で辞められることがあっても、これから三ヶ月は電話対応や生花の手配だけでも誰かを雇いたいぐらいだ。明日休みが取れないことは残念だったが、一人増えることにより、今後はシフトが組みやすくなる。
「倉地君、俺もそろそろ歳だ。いつまで今と同じ様に働いていられるかどうかわからない。しかし、亡くなる人の数はこれから増える一方だ。万が一俺が隠居しても、ありがとう式典は社会に貢献し続けなければならない」
 ワンマンな勝にしては珍しい言葉が倉地には意外だった。
「社長は、例え私が隠居してもまだ現役ですよ」
「君に隠居させてたまるか」
「あくまで例えですよ」
 笑顔を見せずに倉地は答える。倉地自身は、どちらかといえば表情豊かな人間だが、むやみに感情を出すのを嫌う勝の性格を熟知しての対応だ。
「それでは、今日はこれで失礼してもよろしいでしょうか」
「ああ。帰って、久しぶりに奥さんや子供たちと顔を合わせてやれ。しばらく夜中の帰宅だっただろうから、このままだと、家族に忘れられてしまうぞ」
「ありがとうございます。それでは、明日は面接の準備もありますから、朝8時には参ります。お疲れ様でした」
「おう」
 礼儀正しい倉地の挨拶に、勝は手を振って応えた。

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