第一に、丸井さんは7年前に亡くなっている。これは確固たる事実であり、丸井さんの葬儀を施行したのは、共同経営者である海老名勝(えびなすぐる)である。
その海老名勝が、今、自分が経営する葬儀社「ありがとう式典」の殺風景なオフィス内で、7年前に亡くなった筈の丸井さんと向き合っている。丸井さんが死んだのも事実なら、今現在、世間で言うところのクリスマス・イブの夜に、海老名勝と丸井英孝が向き合っているのも事実なのだ。
「メリー・クリスマス!ミスター」
「おいおい、いつから君はメリー・クリスマスなんていう君に全く似つかわしくない挨拶をする様になったんだ。それから、前から思っていたのだが、ミスターという他人行儀な呼び方もやめてくれないか」
この際、丸井さんが死んだという事実はさておき、今、目の前に丸井さんがいるという事実を優先した上で、苦虫を噛み潰した様な表情で勝は言った。
「ミスターが嫌なら、皆が呼んでいる様に『海老カツ』と呼ぼうか。それとも、仕事仲間が陰であんたのことを呼ぶ時の様に『すぐる爺』と呼ぼうか」
「わかった、それならミスターで結構」
海老カツというあだ名は自分でも気に入っているのだが、丸井さんに言われるのは悔しい。そうかと言って、同じ年の、生きていれば来年還暦になる丸井さんにまで「爺」と言われる筋合いはない。ミスターというあだ名にしても、周囲の皆は「素晴らしくケチ」という皮肉を込めて「ミスター・ワンダフル」という呼び方をしているのを略しただけなのだが、丸井さんは、生前海老名勝に対して「ミスター」という呼び方しかしたことがなかったので、今更、他の呼ばれ方をしてもしっくり来ないだろう。
「しかしだな、君は7年前に死んでいる。自分でもよくわかっているだろう。どういうつもりで、のこのこと俺の目の前に姿を現したんだ?」
「あんた、死んだ人間が目の前に姿を現して怖くないのか?」
「死んだ人間が怖い訳ないだろう。何年この仕事やっていると思っているんだ。死んだ人間より生きた人間の方が余程恐ろしいことを、君も知っているよな」
「確かにそうだが、私があんたの立場ならもう少し驚くよ」
「ふん」
勝は鼻を鳴らした。
「ちょっとやそっとでは動じないのがこの海老カツだ」
「さすがミスター・ワンダフル、素晴らしい」
「感心している場合じゃないだろう。一体、俺に何の用があるんだ?」