城門から少し離れた路上にかぼちゃの形の馬車が停まり、銀の靴を履いた少女が城の中へ駆けていく。再び城門が閉まると、金色の豪奢な御者台から御者が興奮した面持ちで降りてきた。
「魔法使いさん。僕、今人間なんですね」
さっきまでネズミは、いつも通り四本の足で暗がりを駆け回っていた。新しく仕掛けられたネズミ用の罠にうっかり落ちてしまったのをシンデレラによって引き上げられ、魔法にかけられてこの馬車の御者となったのだ。死を覚悟しただけに、助かったときのネズミの嬉しさはひとしおだった。
初めて彼は二本の足で立った。のみならず、綺麗な服を着てここまでかぼちゃの馬車を操縦してきた。ちっぽけで汚いネズミにとっては奇跡の連続のような、新鮮な体験だった。
ネズミの御者がかぼちゃに乗りこむ。シンデレラ一人用の馬車にしては、不相応に広い。座面は赤いビロードで、座ると体が柔らかく沈み込む。床より上には隙間なく宝石が散りばめられていた。夜も更けたというのに、中は不思議と明るい。
「あんた、いつ私がここにいると気付いた?」
シンデレラが降りて、誰も乗っていなかったはずのそこに、先客がいた。
「シンデレラと入れ違いだったでしょ?人間に変わってもその辺は敏感ですよ」
ネズミはごく当たり前のように言う。大して驚いた風でもなく、魔法使いは座ったままだ。
ネズミは魔法使いの向かいの座席に腰掛け、改まって咳払いをした。
「ところで魔法使いさん、ひとつ、折り入ってお願いが」
そう言って、帽子も脱ぐ。
魔法使いは光沢のある黒いローブで頭から全身を覆っていた。かろうじて口元が見えるくらいで、実体のはずなのに影と向かい合っているかのようだ。
その、唯一見える口元が笑みの形に曲がる。
「なんだい、口ひげはいらなかったか。それとも、もっとカッコいい男に変わりたかったかい」
「分かっていたならそうしてよ。」
暗茶色の口ひげや座るとますます膨らむ樽腹は、ネズミの体の名残のようだ。
二本の足で立ち、自分の手のひらを見た瞬間、魔法にかけられたシンデレラと同じように彼も舞い上がる気持ちを抑えることなどできなかった。そして、あることを、必ず魔法使いに直談判しようと心に決めたのだ。