小説

『黍団子をもう一度』山北貴子(『桃太郎』)

「桃太郎、お帰りなさい」
出かけた時と同じ笑顔でおばあさんは私を迎え入れてくれた。
「おばあさん、服が大変汚れてしまいました」
「いいんですよ、夕飯まで時間があるから先に洗濯してきますね」
そう言っておばあさんは川へ向かった。
おじいさんは庭で薪を割っていた。
「最近、柴は刈に行かないんですか?」
私はおじいさんに尋ねた。
「…もう、刈る柴がなくなったんでな」
おじいさんは斧を下すと、私を見た。
「桃の木を見たのか?お前の生っていた桃の木を」
私は静かに頷いた。
「ずっと、ずっと兄が子供を預けた桃の生る場所を探していた。
この年になり、ようやくあの場所を見つけ、お前の返してほしいと老婆に頼み込んだ。
老婆は『この桃は神の所有物だから、私にはどうすることもできない』と言った。
そして『今晩は嵐が来るようだから、嵐が連れ去るなら仕方がないがね』とも」
老婆は嵐がきて桃が川へ落ちたと言っていたが、私の木は川からずいぶん離れていた。
そして嵐で折れたはずの枝は、鉈で切られたようだった。
「すまなかった。
もっともっと早くに助けたかった。
そして、お前にこんなことを頼めた義理ではないが…
出来ることならば、兄を…お前の父親を許してやってほしい」
おじいさんは曲がった腰をさらに曲げ、こうべを垂れた。
私はそんなおじいさんの肩を抱きしめた。
「いいえ、私はこれから色んなことを憎み、怒り、悲しむでしょう。
でもそれは人として当然な感情なのです。
喜びや、幸福を感じるように、それと同じように負の感情も抱きながら生きていきます。

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