小説

『ある医師の心得』田中りさこ(『こぶとりじいさん』)

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「まるで鬼になった気分だよ」
「え? 鬼、ですか?」
 手術用のマスクを外した医師の言葉に、看護師が聞き返した。
「“こぶとりじいさん”、知らない?」
 看護師が考え込むと、医師は苦笑いした。
「今の若い人は知らないか。鬼がじいさんのこぶを取る話さ」
 看護師はうんうんと頷いてから、医師に微笑みかけた。
「そうですか。でも、先生は鬼じゃなくて、救世主ですよ」

 頬にできたこぶの相談の相談が増え始めたのは、一年前のことだった。
 こぶは、ある日突然できる。頬が虫歯になったときのようにぷっくりと腫れ上がる。あるいは、親知らずを抜いた後の状態にも、似ている。
 だが、こぶには、かゆみも痛みも全く伴わない。
 こぶに触ると、押した指を跳ね返すほどの弾力がある。また、こぶは血色がよく、湯上りのようにほんのり色付いている。
 こぶに関して分かっている特徴は二つ。一つは、こぶは片方の頬にしかできないこと、二つ目は、女性にしか発症しないことだ。
 原因不明のこぶではあるが、体に害をなすものではなかった。
 こぶのできた女性はというと、こぞってこぶを切り落とし、元の自分の顔を取り戻そうとした。
 

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